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第52話 キスと体液とバスタオル

「……なぜ。

 なんで、**君がここにいる?」」

 玄関の薄暗い照明の中、澪の声は底冷えするほど冷たかった。



 まるで心臓をぎゅっと掴まれるような気配――怒りとも、恐怖ともつかない圧が空気に満ちる。


 バスタオル一枚、濡れた髪から滴を落としながら、赤髪の女は涼しい顔だ。


「ふふん。なんでだろうね〜?想像してみれば?」


 挑発するように、肩をすくめる。


 澪の眉が、ぴくりと動いた。


「……一人は?」


「リビングにいるよ〜。」


 その口ぶりさえ、澪の神経を逆なでする。



 澪は赤髪の女――りり――の横を通り過ぎながら、

 ほとんど殺気を隠しもせずに睨みつけ、リビングへ向かった。




 ー怒りが爆ぜるー



「一人!!」

 怒号がリビングに轟いた。


 ソファでぐったりしていた一人は、驚いて上半身を起こす。


「み、澪? あの、これは――」


 言い訳の“い”を言い終わる前に、

 澪の両手が一人の襟を掴んでいた。



「どういうことだぁ!!」


 ドンッ!!


 鈍い音とともに、一人の背中が壁に押し付けられる。



「く、くるし……やめ……澪……」


「浮気だぞ!! わかってるのか!!


 しかも、よりによって、あいつと!!」


 澪の目は爛々と光り、怒りに震えていた。



 その後ろで、


「はいはい、怒鳴らないの。


 そんなに必死になっちゃって……かわいそ。


 そんなんじゃ一人が浮気するのも、わかるわ〜?」


 りりが壁に寄りかかり、半笑いで見ていた。




 ー爆薬に火をつける声ー



「……うるさい。


 黙っとけ、゛りり゛。」


 澪が殺意すら帯びた目で振り返る。



「ちょっと目を離した隙に……なんでこんなやつと……」


 怒りが、まったく引く気配を見せない。


 むしろ、りりが嬉しそうに煽るほどに、炎は大きくなる。


「なんで、うちで、あいつがシャワー浴びてるんだ!!


 何してたんだよ、お前!!」


 張り裂けそうな声で澪が叫び、一人の襟をさらに締め上げる。



「ち、違うんだって!!……」



「ふふ〜ん。


 男と女なんだからさ? 野暮言わないの。


 お互い“体液”かけ合って……さ。


 落とすの大変だったんだからぁ? ねぇ、一人?」


 挑発するようにりりが笑うと、



「言い方ぁぁぁっ!!!」

 一人が絶叫し、



「貴様……!


 僕というものがありながら……浮気しやがって……!!」


 澪の怒りは、もはや臨界点を超えていた。



 襟を掴んだまま、力はどんどん強くなる。


「く……っ……澪……ま……待……」


 一人の顔色がみるみる青ざめ――



 がくん、と力が抜けた。


 そのまま、一人の身体は完全に脱力し、頭が垂れた。




 ー静寂。次に訪れるのは、地獄。ー


「……あらら。落ちちゃったわね。」


 りりが他人事のように言う。




 ー目を開けた瞬間、そこは修羅の渦中だったー


 意識がゆっくりと浮上してくる。


 重たいまぶたをこじ開けると――まず耳に飛び込んできたのは、火花の散るような怒声だった。



「あんたね、一人は私を介抱してくれてたの!


 あんたが束縛するから、他の女に気持ちが移るのよ!」


 赤髪の女――りりが指を突きつけ、澪を睨みつけている。



「移ってない。


 人の男に色目使った君に、そんなこと言われたくないね。」


 澪の声音は冷えきっていて、

 さっきまで一人を締め上げていたのと変わらない気迫だ。



 一人は、ソファの上で呆然と二人を見つめた。


 その様子に気づいたのは、りりの方が早かった。


「――あら、起きたんだ。


 見た? とんだDV彼女でしょ。別れなよ、ね?」


 にんまりと微笑むその顔。



 不用意に人の心をかき乱す、悪戯好きの悪魔のようだ。


「おい、色目使うなよ!!」


 澪が吠える。


 しかし、りりはまるで聞いていない。



 彼女はすっと距離を詰め、一人の目を覗き込んだ。


 まるで、前から知っているかのように。


「……ねえ、初めて会った気がしないんだよね。


 なんでだろう?」


 指先がそっと一人の頬に触れる。


 そして両手で包み込むように頬を挟んだ。



 その距離――息が触れ合うほど。


「ねぇ澪。これ、私にくれない?


 ちゃんと大事にするから、ね?」



 澪のこめかみがピキリと跳ねた。


「――ふざけるな。


 いい加減に帰れ。」


 キレかけた声。



 その背後の空気が、凍えるように冷たくなる。



 それでもりりは、怯むどころか楽しそうだ。


「そっか〜残念。でも、なんでかな……


 ほんと、気になるんだよね……あなた。」



 そして突然――


 りりは一人の頬に ちゅ と軽いキスを落とした。


「なっ……!?」


 頬に走る温かい感触。


 一人は思わず、そこを手で押さえた。



 その瞬間。


「……お前……殺すぞ」


 澪の声が低く、地の底を這うように響いた。


 りりは片眉を上げて、薄く笑う。


「やめときなよ? 本気の私に勝てるつもり?」


 挑発ではない。


 確信に満ちた声音。


 二人の間に、バチバチと電気が走るような緊張が走る。



 沈黙を破ったのは、りりのゆるい仕草だった。


「あ、そうそう。私、愛川りり。


 今日はありがと。一人くん。」



 ひらりと手を振り、軽いステップでドアへ向かう。


 玄関から振り返ることはなく――


 りりは階段を下りながら、小さな声で呟く。



「……ママ、ありがと。


 探し物、見つかったよ。


 ふふ……楽しみだね。」


 外へと消える赤髪。



 マンションの中には――


「何勝手にキスされてんだよおおおお!!」


「ぎゃああああああああ!!ごめん澪ちがうんだ!!」


 澪の怒号と一人の悲鳴だけが、容赦なく響き渡っていた。


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