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第51話 赤い髪の女

 ー昭和の薫り漂う スナック「魔女の箒」ー


 古びたスピーカーからは、昭和歌謡がかすれ気味に流れ、

 琥珀色の照明が、酔った女たちの顔を柔く照らしている。


 カウンター奥で、紫煙がゆらりと舞った。


「……あんたさ〜、昼間っから飲むの、いい加減やめなよ。」


 ママはタバコを唇に挟んだまま、

 ため息とともに灰をストンと落とした。


 灰皿には、既に何本かのタバコが折り重なっている。



 カウンターにうつ伏せる赤髪の女――


 ボブカットが頬に張りつき、目元はひどく赤い。


「ああ〜〜もう、いいの。飲ませてよ……」


 声はしゃがれ、涙で濡れていた。


「私なんかさ……あの時……」


 言葉にならない嗚咽がこぼれ、

 ぽたり、とカウンターに涙の跡が広がる。



 ママは何も言わず、棚から一本のボトルを取り出した。


 年季の入ったラベル、古い洋酒の甘い香り――


 グラスの氷が、コトリと音を立てる。



「……この一杯で、今日はおしまいだよ。いいね?」


 琥珀色のウイスキーが波紋を描きながら注がれ、

 カウンターへそっと滑らせる。



 赤髪の女は、顔を上げずにグラスを手探りでつかんだ。


「……ありがと、ママ。」


 そして一息に、喉へ流し込む。



 その瞬間、目尻から新しい涙がすっと零れた。


 ママは見て見ぬふりをする。


 スナックとは、女が泣く場所。


 ママとは、その涙を止めずに受け止める役目だ。



「仕方ないねぇ……」


 と、ママが呟いたときだった。



 薄暗い照明の中、ママの“右目だけ”が、じわりと金色に輝く。


「――いいかい。あんたの探し物、もうすぐ見つかるよ。すぐさ。


 でもね……気をつけな。手に入れるのは、簡単じゃないよ」


 囁きは、甘くて、深くて、どこか魔法めいていた。


 赤髪の女はカウンターに額をつけたまま、小さく笑う。



「……うん。ありがと、ママ……覚えとく」

 昭和歌謡がまた一曲、静かなイントロを流し始める。





 放課後。


 久しぶりに誰も付き添わず、ただ一人で歩く帰り道。


 夕暮れの風が、少しだけ自由を運んでくる。



 ――澪のマンションが見えてくる。


 玄関口の植え込みに、うずくまった人影。


 最初は野良猫かと思ったが、近づけば、赤髪のボブカットで端正な顔立ちの女性だった。


 傍らにはギターケース。どう見てもミュージシャン風。


(……あの、倒れてる?)


 一人は思わず声をかける。



「あの〜大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?」


 返事がない。


 代わりに、ほのかに――いや、かなり濃厚に漂うアルコールの甘い香り。


(やべぇ、話しかける相手間違えた……!)


 逃げようとした瞬間、女性がふらりと立ち上がり、一人の両肩に手を置く。


「らいじょうぶ……らいりょーぶ……だきゃらぁ……」


 呂律が完全に崩壊している。



「あっ、ちょっ――」



 ――その瞬間。


「うぐっ…… ぐばぁぁぁぁーー!!」


 虹色の液体が、噴水のように飛び散った。


 一人も女性も、容赦なく染まっていく。


 マンションの入口に、酸っぱく甘い匂いがたちこめる。


 一人は、ぬるりと頬をつたう液体を指で拭い、

「あぁ……まただよ……」


 と、世界の終わりみたいな顔でつぶやいた。


 不思議と慣れた響きだった。




 ——それから、約60分後。


 澪のマンション。


 静かなはずの空間に、脱衣所から軽い調子の声が響いていた。


「いや〜ごめんね。家の鍵、スナックに忘れちゃってさ〜。シャワーまで…ほんとありがとねぇ」



「いや、あのまま帰すのも危なかったし……僕のシャツでよければ、ここに置いときますね。


 酔いが残ってるかもなので、あまり熱くしないでください」



 ドア越しに一人の声が返る。


「何から何までごめんね〜。お礼にさ、着替え覗いてもいいよ? 特別サービス!」


「えっ!? い、いえ! それは!!」


 悲鳴のような声を残し、一人がすごい勢いでその場から逃げていく。


 脱衣所では、女性が上機嫌に口笛を吹きながらシャワーを終え、

 バスタオルだけを巻いた状態で脱衣所の扉を開ける。



「ん〜、助かったぁ……あ、あったあった。これが一人のシャツね」


 伸ばした手が、男物の白いYシャツに触れた――その瞬間。


 カチャリ、と玄関の鍵が回る音。


 ガチャッ。



「ただいま——」


 澪の声が聞こえた。



 そして、目の前の光景を見た。


 バスタオルにくるまれた若い女。


 その手は、男物のシャツ——見れば、どう見ても“一人”のシャツ。



 ここは間違いなく自分のマンション。



 そして、これはどう見ても……



(……“そういう状況シチュエーション”だね……)


 澪の思考が0.5秒止まり、


 0.5秒後、爆発した。



 ――惨劇が幕を開ける。

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