表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

201/263

第47話 ローガン(2)

 しばらくして、優雅な客間のソファで二人は向かい合った。


 一人の手は震えていたが、永遠はティーカップを片手に、相変わらず柔らかい笑顔を崩さない。


「君に危害は加えないよ。安心して」


「そ、そりゃ……ありがたいけど……」


 永遠は、カップをそっとテーブルに置いた。


「で、質問をどうぞ。一つずつね」


 一人は深呼吸をして、意を決して聞いた。


「君……誰なの? 本物の金髪の月永さんは……どうしたの?」


 永遠は、少しだけ視線を宙に泳がせてから答えた。


「私も、月永永遠よ。本物の永遠もちゃんと元気。さっきも言ったとおり、今は……遠いところで暮らしてるだけ。楽しそうにやってるから安心して」


「……遠いって、どういう……」


「説明しても信じないよ。そういう“遠さ”」


 永遠の笑みは優しすぎて、逆に怖い。


「君も、吸血鬼なんだよね……?」


「うん、まあね」


「……僕の血、吸うの?」


 永遠は、首を傾げながら無邪気な声を出した。


「吸っていいの? いいなら吸うけど」


「ごめん、それは困る……」


「だよね。嫌われたくないし……吸わないよ」


 永遠は控えめな笑みを浮かべた。


 その仕草が、ほんの少しだけ寂しげにも見えた。


「それにさ……みんなは気づかないの? 金髪の永遠が、黒髪の君に変わったこと」


「もともと金髪の永遠が“魅了”で、みんなの認識を変えてたの。私も同じようにしただけよ。へへん♪」


「……へへんじゃないよ……」


「ノリ悪いなあ、一人は」


 永遠は相手の心を弄ぶようなリズムで、靴先をぱたぱた揺らしながら言った。


「じゃあ……僕とはどこで会ったの? さっきから、知ってるような態度だけど」


 永遠の表情から、ふっと笑みが消えた。


「——君は騙されてるんだよ。一人」


「……え?」


「あの女にね」


「澪のこと!?」


 永遠はまっすぐに一人を見た。


「今は信じられないと思う。でも……私は君の婚約者なんだよ」


「……え…………ええええええええーーーーー!?」


 一人の叫びが豪邸に反響した。




 だが、その瞬間——



「やめてください!!」


 客間の外から、メイドの悲鳴が響いた。


「これで二度目なんだぞ!? 誘拐だ、これは!!」


 聞き慣れた、苛立ちに満ちた声。


「——澪!?」

 

 ドアが乱暴に開かれる。


 セーラ服姿の澪が立っていた。


 鋭い目が永遠を射抜く。


「お前か……」


 澪は一歩踏み込み、永遠と対峙する。


 永遠は喉の奥でくすっと笑った。


「ようこそ、澪。お茶でも飲む?」


「ふざけるな。教室で起こした騒ぎは聞いたぞ。あれは冤罪だ」


 澪は振り返らず、一人の腕を掴んだ。


「帰るぞ、一人」


「……う、うん」


 一人はされるがまま引っ張られる。


 永遠はその背に、穏やかな声を投げた。


「——また明日ね」


「うん。また明日」


 自然に口から出てしまった。


 自分でも、なぜそんな返事をしたのかわからない。


 澪に手を引かれながら、一人は応接室を後にした。


 永遠はソファに座ったまま、どこか満足げに微笑んでいた。



 白亜の豪邸の玄関ホール。


 シャンデリアの光が冷たく反射し、一人はただ呆然として立っていた。


 澪が、掴んだままの一人の手をいったん放すと、くるりと振り返り、鋭い目を向けた。



「——お前は、ここで待ってろ。いいな」


「え……? あ、うん……」


 澪はそのまま無言で応接室へ戻っていった。


 ドアが閉まる直前、彼女の背中には“圧”があった。


 怒りでも嫉妬でもない。もっと静かで、もっと危険な感情——。



 応接室の空気は、すでに澪の殺気と永遠の余裕で満たされていた。


 入ってくるなり、澪は低い声で言い放つ。


「……何しに来た」


 永遠は紅茶のカップを指で転がしながら、ゆっくり顔を上げる。


 その唇に浮かんでいたのは、挑発の笑みだった。


「ふふ。それはね——“ここに転校”……かしら」


 軽く肩をすくめる永遠。


 その態度は澪をあからさまに弄んでいるようだった。


「あいつはどこだ」


「私が来たところにいるわ。……ポジションを交換してもらっただけよ」


 その言い方が、澪の神経にさらに火をつけた。



「……いいか。帰れ。そして——」

 澪は一歩踏み込み、永遠の顔を真っ直ぐ睨む。


「もう二度と来るな」


 吐き捨てるような声音。


 澪は踵を返し、応接室のドアを勢いよく閉めた。


 バタンッ。


 響く音の余韻の中、永遠はドアをじっと見つめ——


「さて。明日は“部室”にでも顔を出そうかな。ふふ……」


 小さく、不気味に笑った。



 豪邸を出て、道を歩く二人。


 澪はずっと手を握ったままだった。


 指先が痛いほど強く。


「うっ……澪、痛い……」


 言いかけた一人の声を、澪の冷たい声が遮った。


「……あいつが何を話したか知らない」


 閑静な住宅街に、澪の声が静かに落ちる。


「でもな、一人。あいつの言ってることを絶対に信じるんじゃない」


 一人は無意識に喉を鳴らした。


 澪の横顔は、さっき屋敷で見た永遠より——ずっと怖かった。


「お前は……僕だけを見てればいいんだ」


 強い。


 命令のような口調。


「僕の言うことだけ聞いていればいい。わかったな」


「……う、うん」


 答えるしかなかった。


 その返事に満足したのか、澪の握る力が少しだけ緩んだ。



 だが——その手の温度と引く力が、


 どこか“逃がさない”と言っているようで、


 一人の背筋にはずっと冷たいものが残り続けた。




 帰宅後——


 夕食の湯気が静かに上がるテーブルで、澪が箸を置いた。


「……あいつと、何を話したんだ」

 低く、重く。


 問いというより“尋問”に近い声。



 一人は少し肩を震わせながら答えた。


「えっと……永遠が、吸血鬼だってことと……僕の血は吸わないって……それと……婚約者、って」


 澪の目が細くなる。


 食卓の空気が、一瞬で氷のように冷えた。


「吸血鬼なのは本当だ」


 淡々とした声。だが奥に、怒りにも似た警戒がある。


「でもあとは嘘だ。信じるんじゃないぞ」


 釘を刺すというより、支配を上書きするような口調。


「……うん。わかった」


 一人は返したが、胸の奥がざわついていた。



 夕食が終わり、澪がバスルームへ向かう。


「先に入る。勝手に外へ出るなよ」


 浴室の扉が閉まり、すぐにシャワーの音が響き始める。



 一人はゆっくり立ち上がり、何かに引き寄せられるようにテレビへ歩いた。


 指が震えながらサブスクを起動する。



 ——永遠の声が脳裏に木霊する。


『帰ったら、X-MEN観てみて……そこに答えがあるから。いい、約束だよ』


 深呼吸して、“ローガン”を選択。



 再生された画面の中——


 そこにいたのは、頬の傷跡を撫でるように指でなぞる、中年の男。





 ラッセル・クロウ。




「……え……?」


 理解が追いつかず、声が漏れる。


「なんで……ラッセル・クロウ……?


 ヒュー・ジャックマンじゃ……ない……?」



 画面の向こうの“ローガン”は、別の俳優の顔で、知っている物語の台詞を喋っている。


 世界の底がゆらぐ。


 頭の中の“常識”が軋みを上げて崩れ落ちる。


「……これ……何……?」


 指が冷たくなっていく。


 そして再び、永遠の声が脳裏を刺す。


『帰ったら、X-MEN観てみて……そこに答えがあるから』


 

 永遠は何かを知っている——


 この世界の違和感の“根源”を。

☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。


今後もよろしくお願いします!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ