第43話 初めてのデート(2)
食事を終え、店を出ると、澪は当然のように歩き出す。
「じゃあ、もう一件行こうぜ!」
と満面の笑み。
「えっ、どこに行くの? また渋いところ?」
「まあ、ついてこいって。——大人の夜はこれからだ」
その言い方があまりに自信満々で、
一人は思わず息を呑む。
地裏を抜け、角を三つ曲がり、シャッター街の奥。
ポツンと灯るネオンに《スナック 魔女の箒》の文字。
カラン──。
扉を開けると、昭和の香りがむんと漂った。
古びたカラオケ、くすんだシャンデリア、座れば沈むソファ。
色褪せたはずなのに、どこか色っぽい空気をまとっている。
「あら、久しぶりね。澪ちゃん」
声の主を見た瞬間、一人は思わず息を飲む。
“傾国”という言葉がそのまま立っているような女。
くわえタバコすら芸術作品に見える。
「ママ、久しぶり」
「今日はどの澪ちゃんなの?」
「俺っ」
「ふふ。で、横の子は?」
「ああ。俺の旦那だよ」
「へぇ〜、いい人できたのね。おめでとう」
ママは棚の奥から琥珀のボトルを引っ張り出すと、
慣れた手つきで水割りを作った。
「カンパーイ!」
澪はもう上機嫌。
一人は(飲みすぎじゃ…)と内心不安。
「で、どこで知り合ったの?」
「小さい頃からの弟分でさ。この前“どーしても一緒にいて欲しい”って言うからさ。ま、仕方ねぇな〜かわいい奴だしなぁ〜ふふふ」
(完全に酔ってる…)と一人は苦笑する。
そこへ、ママの営業スマイルが滑り込む。
「ママの占い、当たるんだぜ。昔は王国一の魔女でな。ママの取り合いで戦争になったことも…」
「昔の話よ。今はここで常連さん相手に酒出してる方が平和だわ」
「澪ちゃんにいい人が出来た祝いに、占ってあげるわ」
「ほんとに!? お願い!」
ママは一人の手を取り、手相、顔相…そして突然、
棚から“アフリカの呪術部族が使ってそうな仮面”を被った。
(いや待って、それ絶対インチキ…)
一人は絶句するが、澪は神妙そのもの。
呪文のような声…そして、ピタリと動きが止まった。
「わかったわ。彼、女難の相が出てる。気をつけなさい」
(いや、ずっと出てます)
一人は心の中で土下座した。
澪は大満足で頷く。
さらにママは澪にそっと耳打ち。
「近い内に、昔の女が現れるわ。かなりのDV女ね。
もう一人も来る。どちらも強烈よ。……その時が来たら、知恵を貸すわ」
「ありがとう、ママ」
その後、澪は絶好調で飲み続け──
気付けばボトル二本目が空になっていた。
「ミャマ〜おあいそ〜」
ふらっふらになってスナックを出る。
店の外、ネオンの下はホテル街。
「だいじょうぶ? だいぶ飲んでたけど…」
「らいじょーぶだ……ちょち休んで……いきゅ……」
(絶対ダメなパターンだこれ)
澪に手を引かれ、ホテル前まで連行される。
「だ、だめだよ。まだ早いって」
「らいじょーぶ……いいから──」
言いかけた瞬間。
「うげぇぇぇ──」
虹色の液体が、一人のシャツを全染めした。
「……あ〜スッキリした」
(お前がスッキリしてどうする)
「ほ、ホテル…入ろっか。少し休んだ方がいいしね」
そう言う一人の目は完全に死んでいた。
* * *
──現在:ホテル。
シャワーを浴びて戻ると、
下着姿の澪が“大の字”で爆睡していた。
女としての矜持? そんなものは足元にもない。
いびきは部屋を震わせる勢い。
「……まあ、こうなるとは思ってたけどね」
一人は静かにベッドに潜り込み、
天井を見つめて呟いた。
「……寝るか」
部屋は静寂と澪の豪快ないびきだけになった。
ー翌日・午前ー
澪は、ずきずきと痛む頭を押さえながら目を開けた。
「……ん? な、なんか寒……」
起き上がった瞬間、
自分が“下着姿”で大の字になっていたことに気づく。
「……は?」
さらに鼻をかすめる、ほんのり酸っぱい謎の残り香。
「えっ、ちょっ、なにこれ……なんで私こんな……
っていうかこの匂いなにぃぃぃーー!?」
澪の叫びが爆発したその瞬間、
隣のベッドで寝ていた一人がビクッと起きる。
「……あっ、おはよう」
涼しい顔で挨拶する一人。
澪は涙目のまま、ベッドに腰掛けて震えだした。
心臓はバックバク、顔面は青ざめ、もう限界。
「き、昨日……。僕……な、なに、やらかしたの……?」
恐る恐る尋ねる澪。
しかし一人は、悟りを開いた僧侶のように遠い目をしていた。
「……知らないほうがいいよ。
うん。マジで。君のためにも、僕のためにも」
その静かな言葉と共に、
“思い出してはいけない何か”が澪の背筋を走り抜ける。
「や……やだ……やだやだやだ……っ!」
次の瞬間、
「いやあああああああああああああああああああ!!!」
ホテルの一室に澪の絶叫が木霊し、
近くのカップルの会話を強制的に中断させたのだった。
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