第42話 初めてのデート(1)
ー現在ー
ピンク色の壁紙。
怪しい照明。
中央には場違いなくらい立派なダブルベッド。
——そう、ここはラブホテル。
一人と澪、二人きり。
「な、なぁ……先にシャワー浴びてこいよ……」
澪は、普段の威勢がどこへ行ったのか、耳まで赤くして俯いた。
「う、うん……」
返す一人も同じく真っ赤。
——どうしてこうなったんだーーーーッ!!
湯気の代わりに、気まずさと期待が部屋にこもっていた。
ーその日の朝(土曜日)ー
「えっと……澪? 初デートだよね? 今日って……これ?」
一人は、釣り竿を握りしめながら聞いた。
「おう。そうだな。おっ——来たっ!」
澪の浮きが沈み、竿がしなる。
「ほら見ろ!!」
得意げに掲げたのは巨大な鯉。
「すごい!! ……じゃないよ!! 初デートで釣りって渋すぎない!?」
「いいんだよ。まだまだ夜まで長いんだから」
胸を張る澪。
「朝からこれだもんね。この先どんな“ディープスポット”に行くのさ……」
「ふふふ。行ってのお楽しみ。大人の遊びってやつを教えてやるよ」
勝ち誇り顔。
「なんか……雀荘とか行きそう」
「……あれっ、バレた?」
「ほらやっぱりだ!! 徹夜マージャンとか行かないからね!?」
「え〜、いいじゃねえか……」
澪は不満げに口を尖らせる。
「お前、来てるぞ」
澪が指差す。
「え、ほんとだ!」
一人が竿を引いた瞬間——バレた。
「あ〜、残念……」
「よそ見するからだよ」
澪がくくっと笑う。
「でもさ、子どもの頃一緒に釣りしたよね」
一人が懐かしむように言う。
「したな〜。お前、自分で溺れて俺が助けたやつだろ」
「ちがうよ!? 姉ちゃんより大きいの釣ってムカついた澪が、取っ組み合いになって——その拍子に僕が落ちたの! 覚えてないの?」
「う、うーん……まあ昔のことだし……ははは」
完全に目が泳いでいる。
「今日はやらないでよ?」
一人がジト目。
「お前が俺より大きいの釣らなければな。ふふ」
わるい笑み。
ー昼・釣り堀併設の食堂ー
店内は賑やか。
しかし客層は——老人、おじさん、家族連れ。
初デートの空気ではない。
二人の前には湯気の立つ親子丼。
「生中ひとつー!」
澪が即注文。
「……ねぇ、初デートだよね? ここ渋すぎない? 親子丼は美味しいけど。
あとさ、澪、高校生だよね? ビールいいの?」
「まあ16歳過ぎてるしな。法律的にはオッケーだろ」
「いや、20歳からなんだけど!?!?」
「えっ? ……そう、だっけ?」
澪の表情に一瞬“記憶の揺らぎ”が走る。
(……うん、記憶戻りつつあるな)
「でもまぁ親子丼最高だからいいだろ。こういうのでいいんだよ、こういうので」
言いながら澪は生中を一気に飲み干す。
「お前も飲めよ」
「いや、昼だよ!? 早いよ!」
「昼から飲むのがうめぇんだよ。お前にはまだわかんねぇだろうけどな〜」
「いや、歳2つしか違わないよね……?」
一人は呆れ顔。
こうして、午後に向けて二人の奇妙で楽しい初デートは続いていった——。
午後のデートコースは、
映画館 → ボウリング、と実に“テンプレ”だった。
だが澪と一人が並んで歩くだけで、平凡なデートもどこか騒がしい。
映画館では澪がポップコーンを全部食べ、
ボウリングでは澪がストライクを出すたびに一人を抱きしめてジャンプし、
周囲の視線をひとり占めしていた。
ー夕食・町中華のカオスな空気ー
賑やかな店内。
熱気と油の香り、小さなテレビでは野球中継。
客層は、
カップル、家族連れ、常連のおじさん、そして一人で飲んでる会社帰りらしき人たち。
その雑多な雰囲気の真ん中に——澪と一人が座っていた。
「言ったね!? 確かに“行こう”って言ったよ。でもさ……渋すぎるよこの店!!」
一人は小声で叫ぶ。
ここは、路地裏の町中華。
人気店ゆえに、当然のように相席だった。
「生中ひとつ! んでチャーハン……あと何がうまいんだ?」
店に慣れきっている様子で注文する澪。
「ここはレバニラだよ。みんな頼んでるし。それとラーメンも」
追加で餃子も注文し、店員が返事する前に取り皿まで要求する。
「ここさ……本当にいいの? デートなんだよ? 相席なんだよ?」
一人はますます小声。
すると横から不意に声がかかった。
「いいじゃん。デートなの?」
同じテーブルの若い女性客。
隣の彼氏もなぜか爽やかイケメン。
思わず一人は背筋が伸びた。
「デートだな。まあ、彼氏って言っても弟みたいなもんだけどな」
澪がさらっと言う。
「いいね〜。僕らもデートでよく来ますよ。ここ、美味しいですよね」
イケメン彼氏も笑顔で答える。
続けて女性のほうも笑みを向ける。
「気取ってないお店に来られるカップルって、仲いい感じしますよね。気取らなくていいって、通じ合ってる証拠みたいでさ」
「だろ?」
と澪は胸を張る。
「ほら、一人。飲めよ」
と生中をぐいっと差し出してくる。
「いや、なんか……澪って酒癖悪そうなんだよな……」
一人は遠慮したい気持ちでいっぱい。
「軽く飲むくらい平気だって。ほらほら」
にこにこしている澪の隣で、相席カップルまで「まあまあ」と笑う。
逃げ道なし。
(……なんでこうなるんだ)
焼き餃子の香ばしい匂いと、厨房の中華鍋の音が店内を支配する。
ビールジョッキをぶつける澪の笑顔は、完全に“飲み慣れている人のそれ”だった。
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