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第41話 おかゆの味は…

 ー獅堂医院にてー


 静かな昼下がり。


 診察室の壁に掛かった古い時計が、コト、コト、と一定のリズムで音を立てている。



 その中央で、医師・獅堂狂華は腕を組み、診察台に横たわる一人かずとを見下ろしていた。


 白衣の裾が揺れ、冷徹な視線が沈黙を切り裂く。


「……で。何食べさせたらこんな状態になるの?」


 ぴしゃりとした口調に、澪はビクリと肩を震わせた。


「す、すみません……」



「悪いけど、私、七百年診療やってきて、ここまで“わけのわからない症状”は初めてよ。

 食品に安易に魔力をかけるもんじゃないって、前にも言ったわよね? あれは繊細な技術なの。胃袋を壊すだけならまだしも、魂まで震わせてどうするのよ」


 狂華は額に手を当て、大きくため息をついた。


 目覚める気配すらない一人。


 ただ呼吸だけが規則正しく上下している。


 澪はしゅんと縮こまり、まるで怒られた子どものように視線を床へ落とす。


「……本当に、ごめんなさい」


 狂華はしばらく一人を眺めていたが、ふと目だけを澪に向けた。


「で――あなたの彼氏だったとはね」


「っ……」


「まあ、そんなことだろうとは思ってたけど」


 狂華はさらりと言った。


 だがその目は笑っていない。


「彼なら、今は眠らせてあるから。この部屋の会話は聞かれてないわ」


 その言葉に澪の背筋がピクリと硬直した。


「で――彼、何者なの?」


 狂華の声が、一気に医者のそれではなく“術者”の色を帯びる。


「正直に言っておくけど――

 生かしておくことは、おすすめしないわよ。」


 その声音には打算も気遣いもなく、ただ純粋な危機察知だけがあった。


 澪の喉が、ごくり、と鳴る。


「……すみません。言えません」


 澪は顔を伏せたまま、小さく震える声で答えた。


「でも、彼は大丈夫です。

 そうなるように……長い時間をかけて、育ててますから」


「ふーん……?」


 狂華は静かに眉をひそめる。


 その仕草は“危険物の説明を聞くとき”の医師そのものだった。


「でもね、澪。


 いずれ封印は解けるわよ。


 いつかは分からないけど……もう“解けかけてる”。」


 その言葉には、確信があった。


 澪はしばらく黙っていたが、深く息を吸い、覚悟を込めて言った。


「……その時は、再封印します。


 いずれ完全に解かれた時には――


 転生体である彼の意識の方が、メインになるように調整します」



 狂華の目が細くなる。


「転生体の意識なんて、人間よ?


 百年も保たないわ。


 その後は――どうするつもり?」


 苛立ちを隠さない声音。


 対して澪は、俯いたまま、しかし瞳だけが鋭く光っていた。


「……大丈夫です」

 わずかに震える声。


「転生体の価値観や記憶に引っ張られて……


 飲み込まれても、


 もう、かつての価値観とは違う行動になります。」


 そして、澪はうっすらと微笑んだ。


「……実証済みですから」



 澪と狂華が向き合ったまま沈黙していたその瞬間――


 ひどく不自然な音がした。


 ギィ……



 診察台の金属が軋むような、低い唸り。


「……え?」


 狂華が眉をひそめた。


 横たわっていたはずの一人が、がばりと上体を起こしていた。


 その動きは、人間離れしている。


 瞳はギラリと光り、まるで夜目の獣のように輝いていた。


 澪の背筋に、冷たいものが走る。


「か……ずと……?」


 だが、返ってきた声は一人のものではなかった。


「――“実証済み”……か」


  低い。


 温度がない。


それはまるで別人が喉を使って喋っているような声音だった。


 狂華は即座に距離を取る。


(やばい……!

 さっき眠らせたはず。強制的に意識を沈めたのに……!)


 一人は診察台に片膝をつき、ゆっくりと立ち上がった。


 暗い光がその瞳の奥で揺れる。


「そうは、ならねえと思うぜ」

 言葉の端が鋭く渇いていた。


聞き慣れた柔らかさも、臆病さも、優しさも一切ない。


「そのうち、戻るからな」

 一歩、踏み出すたびに空気が震える。


 澪は喉の奥で息を詰まらせた。


「な、んで……今……」


「お前が、なんで“俺と一人”をここに連れてきたかは知らねぇ」


 その“一人とは別の声”は、澪を睨むように見た。


「だが覚えておけ。


 いずれ俺は戻ってくる。


 それに――」



 ぴたり。


 その視線は澪を通り越し、“もっと遠いもの”を見つめていた。


「あいつらも、簡単に諦めるような女じゃねぇからな」


 その瞬間、狂華の、血の気が引いた。

(……あいつらって……

 封印対象の……? 複数? しかも“女”……?)


 問いただす暇はなかった。


 一人の身体が、糸が切れたように崩れ落ちた。


「か、一人っ!!」


 澪が駆け寄り、腕を抱く。


 一瞬前まで凶気を放っていたその身体は、嘘のようにぐったりと力を失っていた。



 乱れた呼吸、焦点のない瞳。


本当にただの“倒れた人間”だ。


「…………」


 狂華が額に手を当て、深く息をついた。



 そして低く呟く。


「――まずいわね」



 言葉は重く、診察室の冷えた空気に溶けて消えた。






 ーその日の夕食時ー


「いただきます」


 一人と澪が、そろって手を合わせた。


 今日の夕飯は——おかゆ。シンプル・イズ・ベスト。だが、なぜおかゆなのかは触れないでおく優しさも必要だ。



「そのさ……作ってもらって、こんなこと言うの悪いんだけど……これ? その……」


 一人がスプーンを持ったまま、恐る恐る澪を見る。



「僕だから大丈夫だよ。しばらく彼女たちには家事はさせないから。安心して」


 澪は、どこか苦々しい表情で答えた。


「あ、そうなんだ。でもさ、朝食ありがとうね。


 僕は、澪なら全部受けとめるって決めてるから。家事が苦手でもいい。


 怒りモードのきっぷの良さ、憧れるし! ほら、僕こんなんだからさ」



 その瞬間、澪の雰囲気が“カチッ”と切り替わる。


「いいこと言うじゃねえか。惚れ直したぜ。


 それでこそ、俺の旦那だ。今日は、ごめんな。ははは……じゃあな」


 そう言って、澪(怒モード)は湯気のようにふっと消える。


 置いて行かれた澪は苦笑しつつ、ぼそっと漏らす。

「なんでそんな軽く言うんだよ。僕が一番貢献してるのに……」


「うん。いつもの澪が一番だね」


 一人が優しく告げると、その言葉に澪が“ふにゃっ”と変わる。


「えっ……私は……そんなの、酷いよ……」

 澪(悲)が顔を曇らせる。


「あ、ごめんね。今度ゆっくり、澪の良さを教えてね。そうだ、デートの時にでも」


「……約束…」

 しっとりとした声で返しながら、澪(統合)がふわりと前に出てくる。


「うん。どこに行くか考えておくから」


 一人が笑う。



 すると——


「うーん、それだと僕の出番が減るんだけど」


 と、いつものノーマルが、ぐいっと戻ってきた。



 ***



 澪の脳内は忙しい。


 —澪(怒)「一人、やっぱりいいな。さすが俺の旦那」


 —澪(悲)「うんうん……優しい……」


 —澪(統合)「心地よい……」


 湯気立つおかゆと同じくらい、澪の心からもふわりと温かさが広がっていた。



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