表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

193/263

第39話 インサイド・ヘッド(2)

静まり返る部屋。


 二人の唇が、そっと離れる。


 その瞬間、世界が音を取り戻した。


「……っ」

 澪は真っ赤な顔で、俯いたまま言葉を詰まらせた。


 鼓動が速すぎて、胸が痛い。


 心臓が爆発しそうなのを、必死で押しとどめている。


  一人はそんな澪を見つめながら、ぽつりと呟く。


「……あの、その……澪、顔が真っ赤だよ?」


「う、うるさいっ!」


 両手で頬を覆い、さらに顔を伏せる澪。




 ーー静寂。



 そして、勇気を振り絞ったように、澪が口を開いた。


「あ、あのさ……実はね。一人に内緒にしてること、あるんだ……」


 一人は真剣な表情で頷く。


「うん、いいよ。どんなことでも受け止めるよ。」



 一拍の間。



 澪が息を呑み――



「じ、実は……」


「うん……?」




「胸に……パット入れてました。とか?」と一人




「……え?」



 一瞬の沈黙の後、

 一人は、至って真顔で答えた。



「だ、大丈夫だよ。僕はね……大きいのも小さいのも、どっちも好きだから!」



 ドゴォッ!!!


「うげぇっ!!?」


 一人の頭に、見事な角度で澪の手刀が突き刺さった。


「そんなわけあるかぁぁぁっ!!!」


 顔を真っ赤にした澪が怒鳴る。


「人の裸見といて、そんなこと平然と言う!?デリカシーって言葉を知らないのか君はっ!」


 澪はふくれっ面で、一人の頭を小突く。


 その様子が、怒っているというより――照れているようにも見えた。


 しばらくして、澪は息を整えると、


 ふっと真面目な顔になる。



「……でもね。ほんとに、隠してたことがあるんだ。」


 その声は、どこか覚悟を感じさせた。



「受け止められる?」


 一人は、まっすぐに澪を見つめて頷く。


「うん。澪のことなら大丈夫。もしかして……不治の病とか?」


 拳を握りしめながら、真剣に言い放つ。


「今度は、僕が支えるから!」


 澪は思わず吹き出しそうになりながらも、微笑んだ。


「ふふ……不治の病っていうか……見てもらった方が早いかな。」



 そう言うと、澪の雰囲気が――変わった。


 空気が一瞬で張り詰める。


「よっ。はじめましてだな?」


 声のトーンが低く、荒っぽい。


 澪の目が、わずかに鋭く光った。


「 だ、誰?」


「澪の別人格。怒りの気持ちを担当してる“怒モード”の澪だ。よろしくな!」


「えっ!?なにそれ!?どゆこと!?」


 あっけにとられる一人。


「この前、ベッドに忍び込もうとした時も――」


「そ、その話をするなぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 急に声が代わり、トーンがふわりと柔らかくなる。


「はじめましてぇ……。私は“悲しみ”の人格を担当してる澪……よろしくね。」


 涙ぐみそうな優しい声。


「うん……あの…?」と慌てる一人。



 その瞬間、また空気が変わる。


 柔らかな笑顔が戻り、いつもの澪に。


「やあ、落ち着いた? 僕は“喜び”の澪だよ。普段、一人と話してるのはこの僕。」


 軽くウインクをする澪。


「一番コミュ力が高いのさ♪」


「え、えっと……つまり今、澪が三人いるの?」


「いや、正確には四人だよ。」


 再び、空気が変わる。


 照明が落ちたように、静寂が満ちる。


 澪が小さく息を吸い、低い声で言った。


「……私。みんなを統合してる澪。よろしく……」


 背筋が凍るほど静かで、どこか神秘的な声。


 一人は無意識にごくりと喉を鳴らした。



 そして、全員の声が重なるように――


「まあ、みんな僕だからね。」


「これからよろしく!!」


「もう、プロポーズは取り消せないからね♪」


 澪(怒モード)「そうだぜ!」


 澪(悲モード)「よろしくねぇ……」


 澪(統合)「……約束……」



「えーーーーーーーーーーー!!!」


 一人の絶叫が、マンション中に響き渡った。


「そこまで驚かなくてもいいじゃないか」


 いつもの調子で微笑むが、どこか探るような視線。


 一人は、まるで見えないパンチを食らったように肩を震わせた。


「う、うん……いや、驚くよ、さすがに!4重人格なんて!?」

(ていうか、初耳なんですけど!?)



 だが、すぐに彼は真剣な目で澪を見つめる。


「でもさ、みんな澪ならウェルカムだよ。それぞれと……デートしたいくらい」



 その一言が、地雷だった。



 ――一瞬で空気が変わる。


 澪(怒モード)「言ったな」


 澪(悲モード)「うん、言ったね」


 澪(統合)「約束……」


 三方向から圧がかかる。


 一人の背中に冷たい汗が走った。


「ちょ、ちょっと待って!?なんか、今、すごい圧感じるんだけど!?」



 澪(喜モード)が肩をすくめて苦笑する。


「いいのかい?僕以外、ちょっと……コミュニケーションに問題があるかもだけど?」



 その柔らかさに安心して、「じゃあ、やめ――」と言いかけた瞬間――



 澪(怒モード)「やった!!言質取ったぞーーーーー!!」


 バンッと机を叩いて立ち上がる。


「飲みに行こうぜ!!初デートは居酒屋からスタートだッ!!」


「ちょ、え、いきなり酒!?もっとソフトなやつから――!」


「細けぇことはいいんだよ!!男なら黙ってジョッキ抱えろッ!!」


 拳を突き上げる怒り澪。



 続いて、空気がふわりと変わる。


 頬をほんのり染めた澪(悲モード)が、手を胸にあてて微笑む。


「ふふっ……私はロマンチックなデートがいいな……夜の観覧車とか……

 ねぇ、二人きりで、静かに風の音を聞きたい……」



「うわっ 振り幅すごいよ!!」



 一人が後ずさると、

 澪(統合)が静かに目を閉じて一言。


「……任せる……」


「うん、ちょっと何を任されたのか、全然わからないけど!?」

 一人の悲鳴は空しく響くだけだった。



 澪(悲モード)「ふふっ、楽しみ……」


 澪(統合)「……決定」



 澪(喜モード)「ね、言葉には責任取らなきゃ」



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 一人の絶叫が、窓の外のカラスを飛び立たせる。



 ――その日、


 一人は“多重人格の婚約者”という、世界で最も複雑な恋愛関係を正式にスタートさせることになったのであった。

☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。


今後もよろしくお願いします!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ