第37話 フェイスオフ
ー別宇宙・澪のマンションー
カーテンの隙間から、街のネオンがぼんやりと差し込む。
薄暗いリビングの空気は、戦いの残滓と沈黙で重たく淀んでいた。
金髪の永遠は、床に体育座りをしたまま、両膝を抱えて俯いている。
その金の髪が、照明の光を鈍く反射して揺れる。
「……私が……2度も、もう……」
その呟きは、小さく、消え入りそうな声だった。
テーブルの向こう側で、黒髪の永遠が両手を上げてお手上げのポーズをとる。
「うーん、もうダメね、こりゃ。完全に戦意喪失って感じ。
でもさ、あいつ――強いわ。あの“最強の澪”の名前は伊達じゃない。
底が見えない。あれは……怪物よ。しかも人格をコロコロ変えてくるし。何なのあれ? わけわかんない。」
黒髪の永遠の言葉に、同じテーブルに座っていた澪(この世界の澪)が、腕を組んで静かに頷いた。
彼女の瞳は、深い闇を映すように冷静で――それでいて、どこか憂いを帯びていた。
「おそらくだが――あいつ、不死化の副作用を克服するために、“人格”を切り分けたんだと思う。」
「人格……を?」と亜紀が眉をひそめる。
澪は続けた。
「主な核は三つ。“怒り”、“悲しみ”、そして“喜び”。
それらを統合する“制御人格”――つまり、“理性”が最後の一つ。
合計四つの人格が並列で思考してるはずだ。
並列思考の利点は、一度に複数の結論を導き出せること。
でもな、逆に言えば――思考が暴走しやすく、まとまりを失いやすい。
結局、何もまとまらない“多重混乱”に陥ることもある。
だけど、統合人格が要点だけまとめて判断できるなら……
理論上、驚異的な効率で動ける。
だが――運用は、危険すぎる。」
黒髪の永遠が腕を組んで頷く。
「……つまり、あの澪は、自分の“感情”を切り離して兵器化してるってことね。」
「そうだ。」と澪。
彼女はカップに残ったコーヒーを見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私も……一度、同じことを考えたことがある。
でもやめたんだ。自分が“どれ”なのか、わからなくなる。
どの感情が本物で、どれが偽物かも曖昧になる。
そして最後に、“統合する人格”が、無個性になる。
無個性ってのはな――存在していないのと同じなんだ。
“私”という実感が消える。
孤独も、痛みも、喜びも、全部、どこか遠くで起きているみたいに感じる。
……そういう生き方は、地獄だ。」
少し間を置いて、澪はふっと目を伏せた。
「だから、あいつ……私と一人の関係に“嫉妬”したのさ。
不完全な私が幸せそうにしてるのが。」
重苦しい沈黙が流れる。
時計の秒針の音だけが、部屋に虚しく響いた。
その空気を破るように、亜紀がぼそりと呟く。
「うーん……昔、同じことしてたやつがいたんだ。
でも……そいつ、最後は死んじゃった。」
黒髪の永遠は、ため息をひとつ落とすと、ゆっくり立ち上がった。
夜の静けさが満ちる部屋の中で、金髪の永遠はまだ床に座り、膝の間に顔をうずめていた。
「……気分転換に、これでも観なよ」
そう言って、黒髪の永遠が差し出したのは、一枚のDVDケースだった。
「……? キアヌ・リーブス版……?」
金髪の永遠が顔を上げる。
「そう。“マトリックス”。 」
黒髪の永遠が、ソファの背にもたれながら小さく笑う。
「こっちの世界じゃ大ヒットした映画だよ。社会現象になったくらい。」
「……へぇ……」
金髪の永遠はケースを手に取り、じっと見つめる。
表紙の中のキアヌの冷たい瞳が、どこか自分に重なって見えた。
「ありがとう……」
小さく呟いたその声には、少しだけ熱が戻っていた。
黒髪の永遠は、その様子を見て、ゆっくりと彼女の隣に腰を下ろした。
「ねぇ、あんた……もう、戻らないほうがいいよ。」
「……え?」
金髪の永遠が顔を上げる。
「あいつがいるしね。報復してくるわ。
だったら――こっちで生きなよ。」
その言葉は、意外なほど優しく響いた。
けれど、その奥に潜む何かを、金髪の永遠は敏感に感じ取る。
「……こっちで、生きる……?」
「そう。こっちの世界の“月永永遠”として。」
黒髪の永遠は、ゆっくりと微笑む。
その笑みは、慰めとも誘惑ともつかない、危うい光を帯びていた。
「……その代わり――」
黒髪の永遠が、ふっと口角を上げた。
窓の外では、遠くの街灯がちらちらと揺れている。
二人の影が、淡い光の中でゆっくりと重なり、静かな夜が続いた。
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