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第36話 白い肌の傷跡

ー翌朝、祓川クリニックー



 診察室の白いカーテン越しに、やわらかな朝陽が差し込む。


 ベッドの上で身を起こした澪は、Tシャツとジーンズ姿。


 包帯の隙間から覗く肌には、まだ赤く痛々しい傷跡が残っている。


「陽子さん、ありがとう。だいぶ楽になったよ。服も助かった。」

 そう言いながら袖を軽く引っ張ると、少しだけ苦笑する。



「その服は、お古だから返さなくていいわ。捨ててもいいくらい。


 まだ傷が完全に塞がってないんだから、無茶はしないこと。


 それと……あなたのマンション、今のところ待ち伏せはされてないみたいよ。どうする?引っ越す?」



 白衣姿の陽子は、カルテを閉じて澪を見つめた。


 その目には医者としての冷静さと、友人としての心配が混じっている。


 澪は小さく息を吐いた。


「まぁ、あそこは“対魔用”の結界を特注で張ってるからね。


 そう簡単に襲撃はできないと思う。しばらくはあそこでいいさ。


 ……前に入室許可を出したバカがいたけど、もう名義書き換えたし。ふふっ」



 陽子は呆れたように眉を寄せる。



「相変わらずね、そういうとこ。


 でも――彼のほうはどうするの? おそらく記憶が戻り始めてる。


 私は専門外だけど、放っておくと危ないわ。」



 澪の表情がわずかに曇る。


「……ここいらで記憶関連の専門って言えば、獅童先生か。

 考えとくよ。」




 こうして――


 陽子に送られ、澪と一人はクリニックを後にする。


 車内。


 朝の光がフロントガラスを抜け、街を金色に染めていく。


 助手席の澪は、無理に明るく振る舞っていたが、

 その後ろで一人はずっと、俯いたままだった。



 声をかけようとした澪は、そっと唇を噛む。


 彼の視線の奥――何かが、静かに“戻り始めている”気配を感じていた。




 ー澪のマンションー


 部屋に戻ると、窓の差し込む朝日がふたりの影を柔らかく包む。


 外の冷たい風とは対照的に、室内にはほのかな石鹸の香りと、どこか懐かしい安心感が漂っていた。


「……いろいろあって、混乱しただろ。シャワーでも浴びてくるといいよ。」


 澪が静かに言う。その声はどこか掠れていて、疲労を隠しきれない。


「えっ、あっ……うん。でも、いいの? 澪の方こそ先に――」

 一人が言いかけると、澪は軽く首を振って笑った。



「ああ、少し休みたいんだ。今はシャワー浴びれないしね。……体を拭くから。」

 そう言いながら、冗談めかして小さく笑う。



「それとも君が拭いてくれるのかい? ふふっ。」


「えっ!? あ、でも……必要なら……」

 一人の顔が一瞬で真っ赤になる。


 澪はそんな彼の様子に、くすっと笑いながら首を振った。


「いいよ。君がやったら、傷口より僕の理性がやられそうだ。


 うまくできないだろうし……その間、君はシャワー浴びてきてよ。」



 その優しい声に、どこか安心を覚えながら――


「……わかった」と小さく頷き、一人は浴室へと消えていった。



 ーーー


 シャワーの音が止み、湯気が薄れていく。


 浴室のドアを開けた一人の目に飛び込んできたのは、

 リビングで静かに座る澪の後ろ姿だった。



 背中には、深く刻まれた裂傷。


 血の滲んだ包帯が床に無造作に置かれ、傍らには破れた服と下着が。


 白い肌に走るその傷跡は、生々しく、それでもどこか儚かった。


「……ごめん。本当なら、君に見せたくなかった。


 心配かけるからさ。でも……うまく届かなくて。薬、塗ってくれない?


 それと、包帯も取ってほしい。」

 澪の背中ごしの声は、少し震えていた。



 一人はごくりと息を呑み、恐る恐る指先で包帯を外していく。


「……痛っ。」


「ご、ごめん!」


「いいよ、続けて。」

 澪は微笑もうとするが、わずかに肩が震えている。



 その温度に触れながら、一人の胸の奥に熱いものが込み上げる。


「……僕のせいで、こんな傷……」


「いいってば。」


 澪は短く言い切る。その声は不思議なほど優しかった。


 薬を塗り終えた頃、沈黙を破るように一人が口を開いた。


「ねえ……あの二人って、何者なの? それに、澪も……」


 澪はゆっくりと振り返る。


 その瞳には、嘘もごまかしもなかった。


「あいつらは――吸血鬼だ。君を狙っていた。特に黒髪の方が、ね。


そして僕は……魔女なんだ。君を守るのが、僕の役目さ。」


「……えっ!? ま、魔女って……」

 動揺する一人に、澪はいたずらっぽく微笑む。



「ふふっ、驚いたかい?」


「えっ……いや、その……胸が……」


「はっ?」


 次の瞬間、澪の手刀が一人の額に直撃した。


 ―ゴンッ!―


「ばっ……バカっ!!!」

 澪が真っ赤な顔で胸を押さえながら怒鳴る。



「まったく、君ってやつは!!!」


 けれど、その声の裏には――


 ほんの少しだけ、安堵と照れが滲んでいた。


 朝の静寂の中、ふたりの笑い声が微かに混じり合う。


 戦いの余韻がまだ残る世界で、

 ようやく訪れた、ほんの一瞬の“安らぎ”の時間だった。

☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


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