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第33話 マトリックス(2)

「これは、最後のチャンス。もう後戻りはできないわ。


 青い薬を飲めば、お話は終わり。


 赤い薬を飲めば――あなたは、不思議の国にとどまり、私がウサギの穴の奥底を見せてあげるわ。」



 永遠の声は、静かでありながら、どこか狂気じみた響きを含んでいた。


 彼女の掌の上で、二つのカプセルが光を放つ――




 ……はずだった。





「……え?」

 一人が目を瞬く。



 永遠の両手にあるのは、なぜかどちらも真っ赤なカプセルだった。


「な、なんで!? 青どこいったの!? さっきまであったでしょ!?」


「いいから! 黙って飲むのよ!」


「いやいやいや、選択肢なくなってるじゃん!? どういうバグ!?」


「シナリオ進行の都合上、仕方ないの!!」

 焦りながらも永遠は、ぐいっと一人の顎を掴む。


「飲みなさいって言ってるでしょ!! ほらっ!!」


「ま、待って待って! 赤しかないのに選べって言ったの君でしょ!? 理不尽すぎない!?」


「うるさい!! このイベントは強制なの!!」



「ゲームマスターの暴力だーーーー!!」


 もみ合いになる二人。



 空間の赤がチカチカと点滅し、空気が歪み、デジタルノイズが走る。




 その瞬間――



「ちょっと待ったーーーーーーーーーっ!!!」


 轟音のような声が響き渡り、

 天井が砕けるように割れ、まばゆい光が降り注いだ。




 現れたのは――


 黒いとんがり帽子、詰め襟のワンピースにローブ姿。


 魔女・澪。



「……来たわね」


 永遠が振り返り、紅い瞳を細める。その口元には、わずかな焦りと決意が混じっていた。



「仕方ないわね。こうなったら――」

 彼女は赤いカプセルを掌で弾ませ、迷いなく自らの唇へと運ぶ。



「えっ――」

 一人が声を上げるより早く、永遠はその胸に手をかけ、勢いよく抱き寄せた。




 距離は、一瞬でゼロ。


 世界が音を失い、時が止まる。


 彼女の息が、一人の唇に触れた。



 ――柔らかく、熱を帯びた衝撃。



 カプセルの残滓が彼の喉奥へと滑り落ちる感覚とともに、永遠の腕が強く背中を引き寄せた。



 ふたりの間を走る微かな息遣い。


 それは戦いの勝敗を告げる鐘の音のようで、

 どこか、甘く切ない。



 やがて彼女はゆっくりと離れた。


 糸のように光を帯びた雫が、唇の端でかすかに煌めく。


「……飲み込んだわね」

 永遠は、確かめるように囁いた。



 その眼差しは、挑戦的に澪へと向けられる。



 ーこれで、あなたの男の口づけもらったからー




 澪はその光景に息を呑む。


 胸の奥で何かが軋み、熱が広がる。


 静寂を裂くように、永遠がふっと笑った。





 ――瞬間。


 アドレナリンが、爆ぜた。


 血潮が逆流する。視界が赤く染まり、鼓動が耳の奥を打つ。



 “殺す。殺す。殺してやる――”


 額に浮かぶ血管が脈打ち、澪の瞳が、まるで燃えるように光った。



「ふふっ。いい顔になったじゃない」

 永遠は薄く笑い、そのまま宙に溶けるように姿を消した。



「一人っ!!」

 澪は我に返り、駆け寄る。


 息を荒げながらも、どこかぼんやりとした瞳の一人が、呟いた。


「だいじょうぶ……でも、なんか……“真実を知る薬”とか、言われて……」



「なっ……薬っ!?」




 澪の表情が凍る。だが次の瞬間――



「ごめん!!」

 その言葉と同時に、鋭い動き。



 一人の鳩尾へ、正確に叩き込まれた一撃。



「ぐっ……うぇっ……」

 喉の奥から込み上げるもの。


 一人の口から、転がるように赤いカプセルが吐き出された。



 それを確認し、澪はほっと息をつく。


「……間に合った」



 地面に膝をつく一人の手を取り、優しく引き寄せた。

「行くよ、一人。ここはもう――終わり」



 視界が白く揺らめく。


 二人の姿は、光の粒となって消えた。



 


 次に目を開けたとき、そこは――教室だった。



 窓の外から射す夕陽。


 だが、その穏やかさとは裏腹に、空気は張り詰めていた。


 澪と一人の前に、二つの影が立っていた。


 一人は、セーラ服に金髪を揺らす少女。


 もう一人は、コンバットスーツに身を包む黒髪の少女。


 どちらも――永遠。だが、まるで正反対の存在。



「私の男、返してもらうわよ」

 黒髪の永遠が指を突きつける。


「はっ、何言ってるの。僕の男だよ。僕だけのね」

 澪の声は低く、氷のように冷たい。



「えっ、えぇぇ!? ど、どういう状況!?」

 頭を抱える一人。



 金髪の永遠がくすりと笑う。

「ふふ、さっき“口づけ”したしね。もう私のものでもあるでしょ?」



「な……っ!」

 澪の瞳が怒気に染まる。



「お前……殺す。絶対、殺す……!」



「ふん、何を今さら。だって、一人――私で童貞捨ててるし…」


「はっ……な、なにぃぃぃぃっ!!!」


 一人が白目をむき、澪が拳を握り締める。


「……お前も、殺す」

 低く、獣のような声で。




「ここじゃ、派手にやれないしね」

 澪が吐き捨てるように言い、

 一人の腕を掴んで立ち上がる。



「屋上、行こうか」



「いいわね」

 黒髪の永遠が挑発的に微笑む。


 空気が軋み、教室の窓が震えた。



 ――祓川高校・屋上。


 風が吹き抜ける青空の下で、

 ひとりの魔女と、二人の吸血鬼が激突する。

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