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第30話 夢

 ――それは、記憶。



 確かに“あった”はずの記憶。


 心の奥底で、炎の色だけが鮮烈に焼き付いている。



 ーーー


 轟音。爆ぜる炎。崩れ落ちる家屋。


 世界そのものが赤く染まっていた。


「母さん!どこっ!? 母さん!!」

 少年の声が、火の粉の中で掻き消える。


 瓦礫の隙間から吹き出す熱気に頬を焼かれながら、彼――一人かずとは必死に走る。



「一人っ!!」

 焦げた空気を切り裂くように、少女の声が響く。


 煙の向こうから、泣きそうな顔で澪が駆け寄ってきた。


「姉ちゃん!! 母さんが、この家の下にっ!!」



 崩れ落ちた柱の向こう、炎の渦が立ち上る。


 そこには、もう“家”と呼べる形はなかった。


 爆風が吹き抜け、焼けた鉄骨が悲鳴のような音を立てる。



「行くぞ! ここにいたら――!」

 澪が叫ぶ。


 だが、一人は振り返らない。


 その瞳にはまだ、母の姿を探す子どもの必死さが宿っていた。

「母さん!! どこにいるの!!!」



 炎の中へと、一歩――




 ーーー



 白。


 病室の白が、視界いっぱいに広がる。


「……母さん……」

 小さく呟く声。



 ベッドの上の少年。頭と目を包帯で覆い、手足はギプスで固定されている。


 機械の規則的な電子音が、静かな夜の代わりに時間を刻む。


 その横に、澪が座っていた。


 穏やかな笑みを浮かべながら、シーツを直す。


「いつもありがとう。どうして、そこまで看病してくれるのさ」


 虚ろな瞳のまま、一人が尋ねる。



 澪は優しく微笑んだ。


「僕は、家族だろ。当たり前だよ」


「……そうなんだ。記憶が混乱しててさ。いろいろ思い出せないんだ。でも、家族のことは分かる気がする。父さんと母さんのことも……君のことも」



 言葉が途切れる。

「でも、なんか違うんだ。全部が……少しずつ、違ってる気がする」


「もう少ししたら、思い出せるよ」


 澪は、窓の外へと視線を逸らした。


 春の陽が落ちる病室に、影が伸びる。


「……あれは、なんだったの? 急に大きな爆発が起きて……」


「うん、近くのコンビナートの事故とか、隕石の落下とか……いろんな説が出てるみたい。原因はまだ調査中だって」


 淡々と答える声に、どこか痛みが滲む。



「母さんは、今どうしてるの?」



「……詳しくは知らないけど、集中治療を受けてるって聞いた」



 ――ほんとは、違う。


 見つかっていない。


 もう、どこにもいない。



 でも、それを言葉にしてしまえば、彼の世界が完全に壊れてしまう気がして。



 澪は、口を閉ざした。


「そうなんだ。ありがとう……」



 少し間を置いて、一人が呟く。


「……教えてよ。“何がほんとうなのか”」


 その声には、涙と静かな絶望が混ざっていた。




 ーーー




「はっ!!」


 ベッドから跳ね起きた澪の額に、汗が滲んでいた。


 息を荒げ、額に手を当てる。


「……夢、か」


 天井を見つめながら、呟く。


「……久しぶりだな、あの日のことを……」


 カーテンの隙間から朝の光が差し込み、瞳の奥の影を照らす。



 胸の奥に残る痛みが、再び、記憶を燃やした。



 燃える家。叫ぶ声。


 そして――取り戻せなかった、あの手の温もり。


 それは、澪にとって“いまも消えない炎”だった。




 ――そして朝。



 まぶしい光がカーテンの隙間から差し込む、

 頭がぼんやりしている。……けれど、何か違和感があった。



「……ん? ここ……どこ?」


 視線を横に向けると――


 そこには、寝息を立てている見知った男性。



 すやすやと眠るその顔を見た瞬間、澪の血の気が引いた。


「う、うそ……っ!? な、なんで、一人かずとの部屋っ……!」


 辺りを見渡す。見覚えのあるポスター、散らかった本、机の上のペットボトル。


 間違いない――ここは一人の部屋。



(ま、まずい……っ! 二日連続で!? しかもベッドの上!? いやいやいや、これは完全にアウト案件!)



 澪の頭の中で警報が鳴り響く。

(と、とりあえず静かに……出ていこう。バレたら……痴女認定まっしぐらだよ……!)



 だが、その時――



 ――澪(怒モード)「そのままベッドに入っとけって。せっかく俺が、お膳立てしてやったんだから。これで、毎日同じベッドで寝れるじゃねぇか。既成事実だぜ。」


(な、何言ってんのさあんたぁぁぁ! 昨日のラストを君に任せたのが間違いだったよ!)



 ――澪(怒モード)「やっちまったもんはしょうがねえだろ。あいつも途中で気づいたはずだぜ? 朝までスルーとか、ある意味才能だ。」



 ――澪(悲モード)「でも……このまま布団にいた方が、ダメージは少ないと思う……出たら完全に現行犯だよ。」



(……くっ……たしかにそれも一理ある……)


 ――澪(統合)「そのまま寝る」


(……了解。 )

 澪は小さく息を整え、そっと布団に潜り込む。



 けれど――心臓が暴走していた。


 隣に男がいるだけで、身体が勝手に熱くなる。


(や、やばい……なんでこんなドキドキしてんの……!)


 背を向けて、顔を隠すようにうずくまる。



 すると――


 一人が寝返りを打った。


 そのまま澪の背中に、あたたかい腕がまわされる。


 肩から抱き寄せられ、吐息がうなじをかすめた。



「ひゃっ……!?!?!?」

 思わず両手で顔を覆い、全身が真っ赤に。


(ちょ、ちょっと待ってこれ近いっ……! 息かかってる息かかってる! し、心臓止まるってばっ!)



 だが、そんな澪の動揺など知らず――



「……あれ?」

 寝ぼけたような声。



 そして次の瞬間。


「うわっ!? な、なんで澪が!? え、夢っ!? いや夢じゃない!? あ、あははは……」


 乾いた笑いを浮かべる一人。



 澪はうつ伏せのまま、枕に顔を埋める。


「……い、いくら弟みたいな存在だって言っても……男のベッドに入るのは、流石に……」


「い、いや違う! 寝ぼけてさ! うん! ごめんごめん!」

 両手をバタバタと振りながら、澪は必死に取り繕う。



「ま、まあ……き、君に……ぼ、僕を押し倒すような度胸があるなら、見せてみ……」



 ――ドンッ。


 次の瞬間、澪はベッドに押し倒されていた。



 目の前にある一人の真剣な瞳。

「……ほんとに、いいの?」


 距離、ゼロ。


 顔が近すぎて、息が触れる。澪の思考は完全にショートした。

(ちょ、ちょっとまって!? 展開早すぎるっ!)



 ――澪(怒モード)「いいから、このまま身を任せろ!」


 ――澪(悲モード)「……うん、仕方ないよね……」



「ご、ごめんっ!! まだ心の準備が!!」


 ドガァッ!!


 飛び蹴りの勢いで、一人がベッドから吹っ飛んだ。


「ぎゃああああああ!!」

 ドサッと転がる音。



 澪は真っ赤な顔のまま立ち上がり、枕を掴んで一言。


「……バカ。 」


 そのまま部屋を出ていった。



 静寂の残る部屋で、一人は頭をさすりながらぽつり。


「……うーん。冗談だったのにな……」






 ――朝食時。


「いただきます」

 その言葉を合図に、二人の静かな朝食が始まった。



 卓上に並ぶのは、焼き鮭、味噌汁、卵焼き、そして白米。


 けれど空気は、どこか重たい。


 今朝の“事件”――つまり、同じベッドで寝てしまった件――を境に、気まずさが部屋を支配していた。



 箸が鳴る音だけが、静かな部屋に響く。


 そして、沈黙に耐えかねたように一人が口を開いた。


「……あのさ、怒ってる?」


「怒ってないよ。あれくらいで。」


「でも、なんか機嫌悪いじゃない。やっぱ怒ってるでしょ。」


「怒ってないってば。しつこいよ。」

 即答。


 だがその声音には、わずかにトゲがある。


 一人は苦笑して、みそ汁の湯気越しに澪を見た。

「いや、僕も悪かったけどさ……先に布団に入ってきたの、澪だったよね?」



 その一言で――澪の箸が止まった。

「……だから、その話はもう終わりだってば。間違えたのは謝るよ。」



「そうなんだ。でもさ――」


 一人は、少し照れくさそうに笑って続ける。


「僕は、嬉しかったんだ。……なんか、距離が縮まった気がしたから。」



「なっ――!?」

 次の瞬間。

「ぶふっ!!!???」

 味噌汁がテーブルに噴き出した。



 完全に想定外の直球に、澪の顔は真っ赤。


「な、なに言ってんのさっ!! き、君!!バカじゃないのっ!?」


「え、気持ち悪かった? 嫌な気分にさせたなら謝るけど……」

 一人の声は本気で申し訳なさそうだった。



 その誠実さが、逆に澪の心臓を締めつける。


「い、いや……そんなことないけど……」

 と、俯いて小声でつぶやく。


 耳まで真っ赤に染まっているのを、必死に隠しながら。


 微妙な沈黙が流れる中、澪がぽつりと漏らした。


「ぼ、僕さ……寝ぼけること多いんだよね……また、やらかすかも……」



「うん。いつでも来てよ。家族だろ?」

 にこっと笑う一人。


 

 その柔らかな笑みに、澪の心が一瞬ふわっと浮いた。


 ――けれど、次の一言が限界だった。


「そこはさ、“夫婦”じゃないのかな……」


「……え?」


「な、なんでもないっ!!」

 瞬間、澪の顔が真っ赤に爆発した。


「なに? よく聞こえなかったけど?」


「う、うるさい! いいから黙って食べろ!!」


 ぷいっと顔をそむける。


 一人は苦笑いを浮かべながら、味噌汁をすすった。


 そんな二人の間を、窓から差し込む朝日がやさしく照らしている。


 ――こうして、今日も甘酸っぱい朝がはじまった。






 ――別宇宙・澪のマンション。


 時空の狭間に漂うような静寂の中。


 部屋の中央に浮かぶ“次元の宝珠”が淡く光を脈打つ。


 その中には――


 まさに今、朝食を取る澪と一人の姿が映し出されていた。


 赤面し、噴き出し、焦る澪。


 のんびりと笑う一人。


 まるで青春ドラマのワンシーン。


「……なにこれ。」

 無表情のまま、永遠がぽつりと呟く。


「っていうかさ、どんだけ初々しいのよ……」

 と亜紀が半眼で画面を見つめる。


「高校卒業するまでは、大丈夫だな。たぶん。」と澪が笑う


「いや、卒業しても進展しなそうなんだけど。」と伊空



 四人の間に沈黙が流れ――やがて、全員が同時にため息をつく。


「……甘酸っぱいっていうか、もう砂糖の塊だよね。」


「……うん……」




☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


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