第27話 澪の戸惑い(1)
ーその日の晩 澪のマンションー
湯気の立つ味噌汁の香りと、フライパンの焼き魚の匂いが混ざる静かな夜。
一人はテーブルを挟んで座り、どこか落ち着かない様子で口を開いた。
「今日さ、図書館で、月永さんと一緒に勉強してるときにさ、頭痛がしてね。
それで、病院に行ったんだ。しばらく通うことになったよ。
すごい美人の女医さんでびっくりしちゃった。」
箸を動かしていた澪の手がピタッと止まる。
目線は皿の上、だが声の温度は急降下。
「へぇ〜……きれいなクラスメートと一緒に勉強して、
そのあときれいな女医さんに診てもらったんだ。
ふぅん……そりゃあ、さぞ楽しかったろうねぇ?」
バキッ。
澪の持つ箸が、わずかにしなって音を立てた。
その射抜くような視線に、一人の背筋がピーンと伸びる。
ー沈黙ー
「…………」
(一人:ま、まずい。これはまずい。かなりまずいぞ)
(?:今すぐ、取り消せ! 命が惜しければ!!)
「あれっ? いま何か言った?」と一人が苦笑い。
「なに? 何も言ってないけど?」
澪はニコッと笑う。が、その笑顔は、どこか目が笑っていない。
「で、どこの病院?」
「獅堂医院ってとこだよ」
「ふーん……あそこね。確かに美人の先生いるよねぇ。
ふーん……君は年上スキーだからね。どストライクなんじゃない?
よかったじゃない。楽しみだろう? ふんっ」
ツンッと顔をそむけ、頬を膨らませる澪。
(知ってるさ、視てたんだもん。しかもあそこ、人外専門じゃない……)
「いや、別に年上が好きってわけじゃないと思うけど。
なんか、もう女の人に振り回されるのは……」
「?」
「あれっ? なんか自分でもよくわかんないや」
その一言に、澪の目が一瞬だけ鋭く細まる。
(……前の記憶が、戻りつつある? それとも、封印が……)
しかし、次の瞬間にはいつもの調子に戻り、
頬をほんのり染めながら、ぷいっと顔を背ける。
「ま、いいけどね。きちんと報告できてるし。
でも――浮気は許さんからな!!」
箸の先がピシッと一人の額スレスレに突き出される。
「したら……産まれてこなきゃよかったって、思わせてやるからな!!」
「えっ!? いや、その……そもそも僕らって、まだ……」
「なんか言ったか!!」
「いえっ! なんでもないですっ!!」
姿勢を正して深々と頭を下げる一人。
その様子を見た澪は、ふっと息をつき、
味噌汁を啜りながら小声でつぶやいた。
「……まったく。心臓に悪いんだから……」
頬が、ほんのりと赤い。
(ああもう……どうしてこんなに、胸がざわつくのさ……)
――こうして、澪の嫉妬と初々しさが入り混じる、
騒がしくも微笑ましい夜は更けていった。
ー脱衣所にてー
パサッ、とシャツを脱ぎながら、澪は鏡越しに自分と目を合わせた。
ほんのり上気した頬を指で押さえ、眉を寄せる。
(うーん……ついに“吸血鬼”に気づかれたな。
これで諦めないようなら、裏に何か――いや、“誰か”がついてると思っていい。間違いない)
眉を寄せる澪の頭の中で、複数の声が同時に響く。
ー澪(喜)「まあ、一度、病院について行ってみようか?」
ー澪(悲)「ダメだよ……魂に制約をかけてるのが、私ってバレるよ……」
ー澪(喜)「でも牽制にはなるでしょ? 様子見って意味でも!」
ー澪(怒)「難しいことわかんねぇ。任せる!!」
ー澪(統合)「情報収集としてはアリ。一人で行かせるのは論外」
(……よし、決まり。永遠と一緒になんて、絶対に行かせない)
湯気に包まれた頭で、澪はそう心に決める。
そして、脱衣所の扉をガラッと勢いよく開け放った――
「ふぅ〜……いい湯だな〜」
……そこには、湯船の中で背伸びをしていた一人の姿。
ー沈黙。
見つめ合う二人。
視線は自然と――上から下へ、そして下から上へ。
(※完全に、見てる)
「あ、あ、あ、あ、ああああああああっっ!!!」
浴室中に響き渡る悲鳴。
「ぎゃーーーーー!!!」
一瞬、世界が静止した。
次の瞬間、澪は顔を真っ赤にしながらバッとドアを閉め、脱衣所に飛び出した。
「な、なんでっ!? なんで君、いるのよぉぉぉ!!!」
脱衣所で叫ぶ澪。
中からは慌てた声が返ってくる。
「だ、だから言ったじゃないかぁ〜!! 先に入るって〜〜〜!!!」
しかし、その声も虚しく、澪の姿はすでに消えていた。
脱衣所には――ただ、タオルが一枚落ちているだけ。
「……………」
(風呂、出づらい……)と湯船の中でうなだれる一人。
その頃、脱衣所の外では――
両手で顔を覆い、床にしゃがみ込む澪。
(うぅ……見られた……また、あいつに……!)
気まずさと羞恥がごちゃ混ぜになった、
“事件の夜”が静かに更けていくのだった。
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