第26話 永遠の戸惑い
――同日・放課後 図書室にて――
窓から差し込む西日が、本棚の隙間を金色に染めていた。
放課後の図書室は静まり返っていて、ページをめくる音と、遠くのチャイムだけが響いている。
「月永さんって、なんでこっちに来たの?」
静かな沈黙を破ったのは、一人の素朴な問いだった。
永遠は、少しだけ遠くを見るように目を細めて、
ページを閉じると、小さく息を吐いた。
「母が“こっちの人”でね。それと……実家でいろいろあって。」
吐息に混じるような笑み。けれど、その奥にわずかな影。
「あっ、ごめん。立ち入ったこと聞いちゃって。」と一人。
その顔は本気で申し訳なさそうで、永遠は思わず苦笑した。
「いいのよ。聞いてくれるの、むしろ嬉しい。……私、こう見えても、地元じゃ結構ヤンチャしててね。
勘当されたの。で、今ここにいるわけ。」
さらっと言ってみせたが――
(なに言ってるの、私!?こいつに、こんな話、する必要ないのに!)
「そうなんだ。月永さん、すごくしっかりしてるし、
ヤンチャとか全然、想像つかないよ。」と一人。
その無邪気な声に、永遠の胸の奥が、少しだけざわついた。
「ふふっ……ありがと。私ね、友達って呼べる人も少ないし、
こうして同年代の男の子と話すの、なんか新鮮なのよ。」
(――あれ?私、なんでこんなこと言ってるの?照れてるの?私が?)
一人は照れたように笑って、
「僕もだよ。友達、少ないし。女子と話すなんてほとんどないよ。部長は別だけど。」
「そうなの?それにしては、エスコート上手じゃない。」
「そうなのっ? うーん、なんでだろう……」
頭をかく仕草が妙に自然で、永遠は思わず頬を緩めた。
(……なにこれ。話してるだけなのに、楽しい。こんな気持ち、いつぶりだろう……)
図書室の静寂の中、時間がほんの少しだけ緩やかに流れていた。
西日が二人の間を柔らかく照らし、外では風が木々を揺らしていた。
――その時だった。
「……あれっ?」
一人の手が、ふいに額に触れた。
「痛い……うっ、痛いっ……!」
机に突っ伏し、頭を押さえる。
その苦しげな表情に、永遠は反射的に立ち上がった。
「あなた!? 大丈夫なの!?」
椅子が音を立てて倒れ、図書室の静けさが破られる。
永遠は慌てて、一人の肩に手を置く。けれど、その体は熱く、微かに震えていた。
(熱……?違う。なんか――体の奥が、波打ってるみたい……)
「今すぐ病院行きましょう!この近くに主治医がいるから、車、廻すわ!」
声が裏返るほどの焦り。
――獅堂医院・診察室にて――
消毒液の匂いと、低く唸る蛍光灯の音。
その静寂の中で、一人がベッドに横たわっていた。
心電図の波が、静かにピッ……ピッ……と規則的な音を刻んでいる。
白いシーツの上、その顔は穏やかだが、
時折、眉間に皺を寄せて何かと戦っているようだった。
「睡眠薬で眠らせてるけど……」
白衣の裾を翻しながら、冷たい声が響いた。
ベッドの傍らに立つのは――
白衣姿の女医、獅堂狂華。
透き通るような白肌、知性を宿した琥珀色の瞳、
黒曜石のようなロングヘアが肩を流れ、
彼女の佇まいは“清楚な美”そのもの――だが、その目の奥には氷の刃が光っていた。
もう一人、ベッドの足元で腕を組むのは月永永遠。
鋭くも静かな視線で狂華を見据える。
「この人、あまり関わらない方がいいわよ。あなたの手に負えない。」
狂華の声は冷たく、まるで診断を告げるように淡々としていた。
「どういう意味ですの?」永遠が問い返す。
「そのままの意味よ。」
狂華はモニターの心電図を一瞥し、唇をわずかに吊り上げた。
「――この子の中に、高位存在が封じられてる。
それも、“かなり”ね。私の知る限り、最上位クラスよ。」
永遠の瞳が、静かに細められる。
「エイシェントブラッドの私でも、ですか?」
狂華は軽く肩をすくめた。
「あなたに友好的ならいいけど…… もし覚醒したら、手に負えないわよ。
信じられないほどの魔力量。――世界をひとつ滅ぼせるレベルだわ。」
その言葉に、室内の空気が一瞬で冷えた。
蛍光灯の光さえも揺らめく。
「しかも、それを“再封印”してるの。」と狂華は続けた。
「完璧にね。――外部からは干渉できないようにするつもりね。」
永遠の唇がわずかに震えた。
「今なら、殺せるわ。」
狂華の声が低く落ちる。
「どうする?」
永遠は一瞬だけ目を閉じ、静かに息を吐いた。
「……それは、できませんわ。」
狂華の眉がわずかに動く。
「理由を聞いても?」
「簡単ですわ。」
永遠の声は淡々としている。だが、その裏には確かな恐れが混じっていた。
「――それを殺せば、私の命も危うい。」
「ふうん。」
狂華は興味深そうに目を細め、モニターから永遠へと視線を移した。
「魂の中を診てみたけれど、肝心の部分に結界が張ってあったのよ。
おそらく、誓約の一部ね。
誰かが彼を“守る”ために――そして、“縛る”ために――。」
彼女は長い髪をかき上げながら、静かに結論を告げる。
「いずれにしても、関わっていい相手じゃないわ。 中から、封印を破ろうとしてる。
その反動が――あの頭痛の正体よ。」
永遠は、しばし沈黙した。
その目に、一瞬だけ“慈悲”の光が宿る。
「……ありがとうございます、獅堂先生。」
――同時刻・別の場所にて
薄暗い部屋。
その光の中に、ひとりの少女がいた。
黒い詰め襟のコートを羽織り、ソファに足を組む。
宝珠の中には、獅堂医院の映像。
それを見つめながら、口元にゆるく笑みを浮かべる。
「ふふっ……気づいたみたいだね、永遠。」
――澪である。
宝珠に映る一人の寝顔を見ながら、彼女は指先でコーヒーカップの縁を叩いた。
「さて、どうするのかな……?」
その声には、からかいとも、冷たい興味ともつかぬ響きがあった。
宝珠の光が、彼女の赤い瞳を妖しく照らす。
「まあ――“離れ”ることを、おすすめするよ。」
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