第25話 初めての同棲(3)気まずい朝
――ジャーッ 湯気が浴室を満たす――
シャワーの音が、頭の奥まで響く。
熱い湯を浴びながら、澪は無意識に眉を寄せていた。
(別宇宙の連中……捕捉がうますぎる。あいつに、そこまでの力があるのか?)
湯が髪を伝い、白い肩を滑り落ちる。
(それに、吸血鬼の動き。尻尾を巻いて逃げ出すと思っていたが……まだ接触してくるなんて。何のつもりだ?)
蒸気の中、鏡に映る自分の姿を見つめながら――
澪の中で、複数の人格が顔を出す。
澪(怒モード)「関係ないね。邪魔するやつは、みんな排除だ。」
澪(喜モード)「うん、相手も私だからね。捕捉の精度が上がっても、不思議じゃないね。」
澪(悲モード)「あのまま黙って引っ込む連中じゃないと思うよ。」
澪(怒モード)「だな。あの手の手合いは、徹底的にやらないとな。」
澪(喜モード)「でも、疑心暗鬼になって自滅は避けたいね。」
そして――静かに目を細める。
澪「……私なら、月永と手を組む。」
澪(喜モード)「その可能性は高いね。でも、どうやって接触を?」
澪「次元の宝珠……能力者のどちらか…」
(そういうことか……なら、吸血鬼の監視と、適当な時期で排除。少し泳がせてみるか)
彼女はシャワーを止め、深呼吸をひとつ。
「――ふぅ、考えもまとまったし……」
ガラッ。
勢いよくドアを開けた、その瞬間――
目の前に、歯ブラシをくわえた一人が立っていた。
手にはマグカップ。
「……あっ」
ポトン。
歯ブラシが、スローモーションで床に落ちる。
そして次の瞬間――
浴室の明かりに照らされて、澪の白い肌と双丘、そして下腹部までもが余すところなく晒された。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーー!!!」
爆音級の悲鳴がマンション中に響き渡る。
一人は泡だらけの歯をくわえたまま、完全にフリーズ。
湯気の中、澪は真っ赤になって叫んだ。
「ば、ばかっ!! 何勝手に入ってきんだよぉぉぉぉぉ!!!」
――その日の深夜――
天井を見つめながら、澪は枕を抱きしめていた。
(見られた……見られた……見られたあああああ……!!)
身体の奥がジリジリと焼けるように熱く、
脳裏では“あの間抜けな顔”がスローモーションで再生される。
(しかも、よりによって、あのタイミングでドアを開けるとか……)
枕に顔をうずめて、布団の中でジタバタ。
澪(怒モード)「いいじゃねえか!!減るもんじゃねえし、事故だろ!仕方ねえよ!!」
澪(悲モード)「そういう問題じゃないんだよぉ……誰にも見せたこと、ないんだよぉ……」
澪(喜モード)「恥じらいは大事だよ。でも、これでいいんじゃないかな。恋愛イベントとしては満点だよ。」
澪(怒モード)「年上の余裕だよ!今更だ!同棲してるんだぜ?堂々として、腰に手を当ててこう言ってやれ!――
『今日のオカズは、これで決まりだなっ!』ってな!!」
「言えるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
澪は布団を頭までかぶり、全身でジタバタ暴れ出す。
澪(悲モード)「ごめん……無理……経験値、無さすぎだよ……」
澪(喜モード)「でも、それってどうかと思う。女を捨てたら終わりだもんね」
澪(怒モード)「いやいや、あいつ、これで意識して夜這いに来るかもしれないぞ」
澪(悲モード)「ないよ。ヘタレだもん」
澪(喜モード)「うん、ヘタレ。間違いないね」
沈黙。
澪「……見せ損……」
澪(怒モード)「すげえな!お前までそんなこと言うのかよっ!!」
(くぅーーーーーーーーーーーー!!)
枕を抱いて、ベッドの上でバタバタ転げまわる。
顔は熱く、胸はドキドキ、頭の中はぐるぐる。
結局その夜――
澪は一睡もできなかった。
――翌朝・朝食時――
「いただきます。」
二人そろって両手を合わせる。
食卓には、焼き鮭、味噌汁、卵焼き――いつも通りの、澪の手料理。
……だが、空気だけは“いつも通り”ではなかった。
「あのさ、昨日はごめん……で、でもさ、声掛けはしたよね?」
恐る恐る切り出す一人。
「…………」
澪は無言で、目を閉じたまま味噌汁を啜る。
(……昨日のことは思い出したくない……忘れたい……湯気に流れて消えてくれ……)
「…………『今日のオカズは』……ごめん、やっぱり無理」
澪の脳裏に“昨日の澪(怒)”がチラついて、言葉が続かない。
「うん、オカズ、澪の(作る)ものならなんでもいいよ!」と一人。
「ぼ、僕!!ならっ……そっ、そうか……ま、まあ、君も男だしな。仕方ないか。そこは受け止めないとな!」
(お、おちつけ!年上の余裕だ!!)
だが、次の瞬間――
「でも、僕だけだぞ!!他のはだめだから!!」と顔を真っ赤にして叫ぶ澪。
「えっ でも、外でとかあるじゃないか?」と一人。
「えっ……外でするの?」
澪の箸が止まる。目が見開かれる。
「うん。週1回くらい。」
「えーーーーーー!?週1も!?」
(そ、そんなペースで!? どこで!? どうやって!?)
「普通じゃないかな、それくらい。」と一人はあっけらかん。
「そ、それっ普通なのかい!?ほんとに!?」
「うん、けっこうね。最近は路地裏にいいとこ見つけたんだ。少し汚い店なんだけど。」
「えっ!? そんなディープなとこ行くのかい!? び、病気とか大丈夫なの!?」
澪の頭の中では、既にR指定の想像が暴走していた。
「そんなこと気にしてたら行けないよ。
80歳くらいのおばあさんがいるんだ。気に入られてさ。」
「えええええっ!? 年上が好きって……知ってたけど……」
(い、いったいどんな世界線なんだ君は……!)
「すごい美味いんだよ。」
「う、上手いのか!!」
(テ、テクニックまで褒めるのやめろおぉぉぉ!!)
「そりゃあもう、年季が違うよ!!」
「ぼ、僕では……君を喜ばせられないのか……」
澪のテンションは完全に沈没モード。
「だって相手はプロだよ!しかも夫婦でやってるんだ!」
「えっ!? 夫婦で!? い、いいのかそれ!!」
「いいに決まってるじゃないか!それぞれ得意なのがあるんだ。
(ご主人がチャーハンで、奥さんがラーメン。)今度、一緒に行こうよ。」
「ええええええっ!? そ、それは無理だよ! ぼ、僕、まだ経験ないんだよ……」
顔を真っ赤にして俯く澪。
「じゃあ、いい機会だよ。今度、日曜日にでも。」
「は、初めては……君と二人だけじゃないと……」
「町中華の名店だけど、嫌いなの?」
「あゝ……うん……そっちね……」
(もぉおおぉぉおおお!! どこまで誤解させるんだ君はぁ!!)
――こうして、朝のひとときは、誤解と羞恥と味噌汁の湯気の中で幕を閉じた。
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