第23話 初めての同棲(1)
――同棲、初日。
洗濯物を干しながら、澪は考えていた。
目の前に揺れるのは、一人の――下着。
(……これ、なんか……新婚さんみたいじゃないか……?)
ふと、思考がよぎった瞬間、顔が一気に熱くなる。
(いやいや、違うだろっ! 落ち着け! 今さら何照れてだ。――記憶の中では何年も一緒に暮らしてきたんだから!)
そう言い聞かせながらも、頬の赤みは収まらない。
指先が震える。パンツ一枚でこの動揺っぷり、自分でも呆れる。
――澪評議会・臨時総会(脳内)
澪(怒モード):「いや、今さらでだろっ!? 同棲してるんだからっ!」
澪(悲モード):「ってことは……私の下着も、いっしょに干すってことよね……見られちゃう……」
澪(怒モード):「そりゃ、そうなるだろっ!」
澪(喜モード):「……洗濯、僕の担当にしようか? 下着とか見られたくないし。あいつ絶対ネット入れとか使わないタイプだ」
澪(怒モード):「だなっ」
澪(悲モード):「デリカシー無いんだよねぇ。前評判じゃ“気遣いできる”とか言われてたけど」
澪(喜モード):「記憶、入れ替わってるし……その辺、変わってるかも? いいよ、僕色に染め直してあげるから」
澪(怒モード):「だなっ」
澪(悲モード):「……うん」
澪():「……任せる…」
澪(全員):「……久しぶりの全会一致、だね」
「澪! 澪!!」
現実に引き戻すような声が響いた。
「えっ……あっ、一人?」
「考え事してたの? 全然反応しないから、ちょっと大きな声出しちゃったよ」
「あ、うん……一緒に生活するのに、役割分担どうしようか考えててさ」
「なるほど。じゃあ洗濯は僕も――」
「い、いいよ! 別のこと頼むから!」
止めるより早く、一人は軽やかに洗濯物に手を伸ばした。
「あっ、それは――!」
時すでに遅し。
「ハンカチだろ? あっ、これ……澪のパ――」
――ゴンッ!!
乾いた衝撃音。
澪の手刀が一人の頭頂にめり込む。
「うげっ……」
「だっ、だから言っただろっ!? 邪魔しないでって!」
顔を真っ赤にしながら怒鳴る澪。
だがその声の奥には――微かに震えるような、照れ混じりの響きがあった。
――同棲初日・その後
洗濯事件からしばらく。
澪は、狭い個室に座り込み――頭を抱えていた。
(落ち着け……。ただのパンツだ。下着ごときで赤面してる場合じゃない……)
しかし顔の火照りはまったく冷めない。
耳まで真っ赤になって、息が上ずる。
――澪評議会・臨時総会(脳内)
澪(怒モード):「いや、年上だろっ! もっとどっしり構えとけよ! パンツ見られたくらいでガタガタするな!」
澪(悲モード):「でも……“こんなの履いてるんだ〜”とか、思われたくないじゃん……」
澪(怒モード):「“良かったら、好きなの持ってけよ!”くらいカラッと言えたら、格好いいんじゃね?」
澪(喜モード):「だめだよ。女としての恥じらいは大事。熟年夫婦じゃないんだから」
澪(怒モード):「うーん……それもそうかぁ……」
(※評議会沈黙。会議は混乱中)
そのとき――
ガラッ!!
ドアが勢いよく開く音。
開けた瞬間、言葉を失う一人。
そこには――便座に腰掛け、両手で頬を押さえながら座り込む澪。
そして、足首には……先ほどまで洗濯に出していた“あれ”。
「……えっ……あっ……ご、ごめ……っ」
空気が、止まる。
一瞬の沈黙ののち、澪の脳がオーバーヒートする。
「*@あ^;あ*え`かおjしs¥s*`〜〜〜〜〜!!!」
「出てけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」
反射的に放たれた怒号とともに、ドアが――バンッ!!――と閉まる。
廊下に立ち尽くす一人。
「…………」
個室の中、澪は顔を覆いながら、震えていた。
(よりによって、よりによってこのタイミングでぇぇぇ……!)
羞恥で胃が捻じれるような痛みの中、
脳内評議会の全員が、同時に机を叩いた。
澪(全員):「絶対顔合わせられない!!」
――同棲初日・夕食
今日の夕飯は、カレーとサラダ。
いつもなら――
スプーンの音や、くだらない話で笑いが絶えないはずの食卓。
けれど今夜は、やけに静かだった。
二人のあいだに漂うのは、カレーよりも濃い“気まずさ”。
(落ち着け私……思い出すな……思い出したら顔が溶ける……!)
澪は視線を皿に落としたまま、スプーンを動かす。
向かいの一人は、ちらちらとこちらを伺っている。
「だから……ごめんって、言ってるじゃないか」
「……いいよ。事故だったし」
声は落ち着いていた。
けれど、澪の頬はほんのり桜色。
一人と目を合わせないように、まるで子どもみたいにサラダのレタスをいじっている。
「……まだ怒ってるでしょ」
「べ、別に。怒ってないよ。ただ……その……食事中にする話じゃないってだけで……」
(“その話”=トイレ事件)
そう口にした瞬間、澪の顔がさらに赤く染まる。
カレーよりも熱い、照れのスパイスが一気に広がる。
一人が苦笑しながら口を開きかけた。
「そうだね……うん――」
――ゴンッ!!
鈍い音が、夕食の静寂を切り裂いた。
澪の手刀が、見事に一人の頭頂へ命中。
「ぐげっ!」
そのまま、一人の額が食卓にぶつかる。
スプーンが跳ね、カレーの香りが宙を舞った。
「き、君という、や、やつはっ!!」
澪の声が裏返る。
「ど、どうして、そ、そうデリカシーがないんだっ!? ばっ、バカ!!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る彼女。
けれどその怒りの中には――ほんの少し、笑いと恋の熱が混じっていた。
(……ほんと、なんでこうなるんだ……)
スプーンを握る手が震える。
けれど心の奥では――小さな幸せの鼓動が確かに鳴っていた。
こうして、同棲初日。
波乱と赤面と手刀にまみれた、二人の“最初の夜”は、まだまだ続いていくのだった。
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