第15話 初めてのお泊り(1)
木曜日の夜。
ベッドに寝転んで、ようやく一息ついていた時だった。
スマホが震える。
画面をのぞくと、通知はRINE。
差出人の名前を見て、心臓がわずかに跳ねた。
――永遠。
ためらいながら開くと、短く、それでいて逃げ場のない宣告が目に飛び込んできた。
永遠:『じゃあ 明日の夜から日曜の夜まで、家に来ること』
(……え?)
いきなり何の相談もなく、予定を組まれていた。
いや、予定なんて言葉じゃ足りない。まるで判決文。
(生きて帰れるよね?)
冗談めかしたつもりで送ろうとして、打ちかけた文章を消す。
恐る恐る、無難に送信した。
一人:『ごめん。家族になんにも言ってないんだ』
永遠からの返信はすぐに届いた。
永遠:『うん 大丈夫だよ。もうお話してるから』
『「よければ、そのまま貰ってください」って言われたから』
『「え〜いいんですか〜じゃあ 遠慮なく」って言っといた。』
『そのまま家に住んでもいいんだよ』
(……は?)
外堀を埋める、という言葉がある。
けれどこれはもう外堀どころじゃない。天守閣に火を放たれて、逃げ道を焼かれている気分だ。
否定したらどうなるか――想像するだけで背筋が寒くなる。
最低限の返事。それが正解だ。
一人:『はい』
送った直後、また通知が鳴る。
永遠:『金曜日は、そのままスーパーに食材買い出しに行くよ。』
『私は“普通の食事”しないんで、冷蔵庫に何も入ってないんだ。』
(……いや、“普通の食事”って、つまり僕を食べるってことじゃないよね?)
一応、約束してるし……いや、信じるしかない。
一人:『はい』
永遠:『じゃあ、金曜日迎えに行くよ。なんか心配だし』
(……いや、迎えに来なくていいんだけど。来なくていいんだけど!)
頭の中で叫ぶが、指は冷静に最小限を打つ。
一人:『大丈夫だよ』
永遠:『行くから 18時』
短い一文に、圧がすごい。
逃げ道が塞がれていく音が、幻聴みたいに耳に響いた。
(一人:圧が強い……ここは最低限の返事で……)
一人:『はい』
送信して、ため息をついた。
ベッドの天井を見上げる。
……明日、金曜日。
僕の“週末”は、もう決まってしまったらしい。
金曜日、そして運命の夕刻
――午後五時半。
玄関のチャイムが澄んだ音を立てた。
ピンポーン。
(き、来た……月永さん、かな)
喉が乾くのを感じつつ、僕は玄関のドアノブに手をかける。
恐る恐る開けると、そこに立っていたのは――
「やあ、心配で来たんだ。心細いだろ?」
「……えっ、澪先輩?」
そこに居たのは、まさかの澪先輩だった。さらりとした髪に、凛とした立ち姿。ほんのりと香水の甘い匂いが鼻をくすぐる。
「あっ……まあ、女性の家に泊まるなんて初めてですから……」
「何! そんなに嫌なのか? なら私と駆け落ちするか? 養ってやるぞ」
がしっと抱きしめられ、思わず心臓が跳ね上がる。
(いや、嫌とは言ってないですけど!? ここ、玄関先なんですけど! しかも先輩からいい香りがして、クラクラするんですけど!)
「すまない。私の力が足りないばかりに……吸血鬼に操を捧げるような真似をさせてしまって。今からでも、一緒に逃げよう? 荷物ならもう用意してあるぞ」
「逃げようか? じゃないわよ。約束守ってよ」
冷ややかな声が、澪先輩の背後から飛ぶ。
――永遠だった。
「まあ、そんなこともあるかと思って、迎えに来て正解だったわ」
彼女は涼しい顔で言う。その横顔はどこか余裕めいていて、怖いくらい。
「じゃあ行くわよ。来週は澪の番なんだから、我慢してよね。一緒に過ごすだけよ。無理強いはしないわよ。嫌われたくないもの」
その声音はあくまで淡々としていた。
「ふん……まあ仕方ない。何か変なことがあったら、すぐに飛んでいくからな」
そう言い残し、澪先輩は踵を返す。今日は徒歩。箒で飛ぶわけにはいかないらしい。
――こうして僕は、永遠と肩を並べ、彼女のマンションへ向かうことになった。
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