第46話 パシフィック・リム(1)
――轟音。
空が裂けるような咆哮が、世界を震わせた。
火山の噴煙が黒々と空を覆い、燃え立つマグマの光が雲の裏側を赤く染める。
その中心――灼熱のソウア山の麓で、2つの巨大な影が、まさに神話と終末の狭間で対峙していた。
ひとつは、黒き邪竜
その体高、約八十メートル。山脈すら圧し潰す質量と覇気を備えた“災厄”そのもの。
千年を生きた竜の鱗は溶岩よりも硬く、翼は炎で焼け、穴だらけになりながらも、なお空を掴もうと蠢いている。
尾は蛇のようにしなり、大地を薙ぐたびに岩盤が割れ、空気が悲鳴を上げた。
その双角は雷を呼び、牙は太陽をも噛み砕くと謳われる――。
そしてもう一方。
マグマの熱に照らされ、白銀に輝く機神が立つ。
同じく八十メートル級の巨体。無骨でありながら流線形のシルエットを持つ二足歩行兵器。
胸部には青白く光るタービンリアクター――“心臓”が脈動し、蒸気が背部から吐き出される。
頭部に刻まれた二つの“眼”は紅く輝き、まるで意志を宿したかのように邪竜を見据えていた。
――一週間前。
熱風が、ジャングルの木々を焼くように吹き抜けた。
空は火山灰に曇り、ソウア山の噴煙がゆっくりと流れる。
その麓――密林に埋もれた石造りの遺跡群。
まるで地球のアンコールワットを思わせる構造だが、ここは異界。
無数の蔦が絡み、苔が石壁を覆い尽くし、神々の顔もいまは崩れ落ちている。
映画研究部の面々、そして彩花・りり・アウレリアの姿がそこにあった。
全員、薄暗い湿気と虫の声に包まれながら、巨大な地下門の前に立っている。
「こんなところに……本当に何かあるの?」と永遠。
声には興味半分、不安半分の響きがあった。
亜紀が前に出て、腰に手を当てる。
「ふふん、見てなって。まだ“あいつ”の仕掛け、動くかどうかはわからないけど――」
彼女が指先に魔力を込め、大きな石門の紋章に触れると、
鈍い音とともに、古代の魔導機構が反応した。
――ピッ。
『魔力認証――確認。
対象:いけ好かない女。』
無機質な声が響いた瞬間、空気が一瞬にして凍りつく。
「けっ……やっぱり“あいつ”の仕業か。ほんと、性格悪ぃ」
亜紀が舌打ちをする。
次の瞬間――石門の中央が揺らめいた。
液体のような空気が波打ち、歪む空間がそこに現れる。
光が吸い込まれるように消えていき、門の向こうは真っ暗闇だった。
「入るわよ」
亜紀が言うと同時に、全員の身体が一歩、虚空へと吸い込まれた。
足を踏み入れた瞬間、そこはまったく別の世界だった。
黒い無音の空間に、次々と青白いライトが点灯し、
未来的な金属通路が、延々と続いている。
「……なにここ、遺跡っていうより、研究所じゃない?」と永遠が眉をひそめる。
亜紀はゆっくりと歩きながら、ぽつりと語り出した。
「私たち、サマエルの“嫁”の中でね――
男を゛悦ばせる゛のが一番うまかったのは、“リリス”だったの。
その次が“ナアマ”。
……それは、認めざるを得なかった。
だから、私は恋愛テクを磨いたのよ」
悲しい話のはずなのに、亜紀の横顔はどこか誇らしげだった。
やがて、通路の先に巨大な扉が現れた。
亜紀が手をかざすと、静かに開く。
そして、眼前に広がったのは――
巨大なドーム状の格納庫。
床は金属、壁には無数のケーブル、上部にはクレーンのようなアーム。
中央に、白銀の巨人が立っていた。
それは――
見上げるほどの巨体。八十メートルはあるだろう。
胸部には巨大なタービン・リアクターが埋め込まれ、
装甲の接合部からは微かに青白い光が漏れている。
頭部のマスクには鋭いライン、そして“目”のように輝くセンサー。
まるで神話と科学が融合した“機神”だった。
「男の人って、こういうのに弱いんでしょ?」
亜紀は振り向き、一人に微笑む。
そして、静かにその名を告げる。
「――こいつの名前は、《ストライク・ハリケーン》。
空の嵐を切り裂く、風の機神よ。」
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