第45話 怪獣ヤロウ
ー祓川高校 映画研究部室ー
午後の日差しがカーテンの隙間から差し込み、埃の粒が金色に舞っていた。
ソファに腰かけた澪が、そっと視線を上げる。
そこに立っていたのは――この学校には似つかわしくない人物だった。
白いシャツの袖をまくり上げ、黒のパンツに包まれた脚はまるで戦場を渡ってきたかのように逞しい。
身長は百八十センチをゆうに超える。
赤い天然パーマが乱れたまま肩まで垂れ、光を受けて炎のように揺れた。
ただ、その肉体の逞しさとは裏腹に、形の整った胸とくびれた腰、そして張り出した尻が、確かに“女性”であることを語っている。
彼女は、深く頭を下げた。
「……お願いがあります。どうか、俺――いや、私たちを助けてください。」
その言葉には、祓川高校という現実世界には存在しない“何か”の重みが宿っていた。
【一週間前 ドラゴニア王国・王宮】
天井高く広がる石造りの会議室に、低いざわめきが満ちていた。
王の宰相、大臣、将軍たちが円卓を囲み、その奥――一段高い壇上に、王が座している。
王の頭には羽飾りのついた帽子。
身にまとうのは、コーヒーの染料で織られた民族衣装――「コーヒードレス」に似た、アフリカ由来の意匠。
王の瞳は、ただ一つの言葉を待っていた。
「――では、今回。ソウア火山より“黒い巨大な竜”が現れたという報告についてですが……」
そう切り出したのは、鱗を持つドラゴニュート族の大臣。
彼の声には、抑えきれない緊迫が混じっていた。
「巨大生物が、眠りから目覚めた模様です。……“邪竜”の可能性も否定できません」
「ば、馬鹿な。神話の時代の話ではないか!」
宰相が目を剥く。
「大きさ、それに観測される魔素の量。いずれも常識を超えています」
「先遣隊を送りましたが……威圧と火山の有毒ガスで、近づくことさえ叶いませんでした」
将軍の報告が、重く会議室に落ちた。
沈黙ののち、ひとりの大臣が口を開く。
「――では、“かの者たち”に助力を願うのはどうでしょう。
あの者らは、王国も救ったと伝え聞きます」
その提案に、別の大臣がすぐさま反発した。
「しかし……我らが殺そうとした者たちだ。力など貸すものか!」
重く、冷たい空気が流れる。
やがて王が、ゆるりと口を開いた。
「……うむ。よかろう」
「ここは、“あやつ”の出番よな」
王の目が、炎のごとく細く光る。
「弱者が、いかように扱われようとも――仕方あるまいて。」
――そうして、舞台は再び映画研究部の部室へ戻った。
澪はソファに寄りかかり、腕を組んだまま亜紀と伊空を見比べる。
「なるほど。で、その邪竜の調査と退治をしてほしい、と。うーん……どうする?」
伊空は肩をすくめるように笑った。
「うーん。同じチームだったけど、会ったのは二回だけだから」
亜紀は机に肘をつき、顎に手を当ててしばらく考え込む。
「うーん……」と唸るその顔は、まるで次のプランを練る監督のそれだ。
――そのとき、アウレリアが静かに頭を下げた。
「お願いします……」
彼女は震える手で一人を見据える。
「もちろん。お礼はします……それに、一人さんさえ良ければ、俺、いや私を“自由にしても”」と言って自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
――一瞬の静寂。部室の空気が、ぴたりと止まる。
「あ゛」と一人とアウレリアを除く全員が同時に声をあげた。
永遠が即座に一人に睨みを効かせる。
「あんた、変な気起こすんじゃないよ」
伊空はふいにナイフめいた冗談を取り出し、笑い混じりに脅す。
「うん、ここで殺そうか。自由にしていいって言うなら」
「伊空、落ち着いて、ねっ」と一人が慌てて止めに入る。
りりがすました顔で口を挟む。
「一人抜きでいいんじゃない?」
澪はわざとらしく肩をすくめて言った。
「いや、こいつを置いていったら、その隙に新しい女ができるかも」
彩花までが淡い提案を投げる。
「じゃあ、うちの病院に監禁しておきますか? 拘束具もありますから」
「…………えっ…………」
一人の目が点になる。顔が真っ白になっていくのが見てとれた。
(一人:ついに彩花まで染まっちゃったよ〜)
(サマエル:余計なこと言うなよ。ややこしくなるから)
りりは鼻で笑って切り捨てる。
「だめだよ。人外ナースの巣窟なんて、安心できないし」
「ドラゴニアの城に監禁しとけばいいよ。まだそこまで人気ないだろうし。一人、昔からヘビが苦手だから……」とりりが追い打ちをかけるように囁くと、場の空気はさらに悪戯っぽくなる。
「えーーーーーーーー!」
一人は両手で頭を抱え込み、声を波打たせた。顔面蒼白、目は完全に救いを求める観音様状態だ。
(一人:僕の人権は……)
(サマエル:うん、諦めろ。俺はかなり前から、諦めているしな)
――しかし、そこに亜紀だけは別の動きを見せた。
彼女はふと宙に地図を映し出し、一人ことサマエルに、画面の一点を指差す。
「ねえ、サマエル? ソウア山ってさ、あそこかな?」
するとアウレリアが頷く。
「ああ、そこです」
亜紀は目を細めて地図を一瞥し、一人(=サマエル)に問いかける。
「あれ、まだあるかな?」
「どうかね?」サマエルは小さく笑うように答えた。
「あるわよ。間違いない。ふふ」
その確信が部室の空気を一変させる。亜紀の表情が一気に鋭くなった。
「いいわ、やる!! 手を貸すから、あんたたちも協力してよ」とみんなを見る。
「もちろん。ドラゴニア王国も全面協力してよね」
冗談めいた口調のやりとりの奥で、誰もがとぼけた顔をしているが、どこかで覚悟を固めている。
こうして――
邪竜退治と、ちょっと無茶で、でも確かに面白くなりそうな計画が動き出した。
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