表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/132

第13話 君の名は


  映画研究会の部室。


 壁に据え付けられたモニターには、『君の名は』が流れていた。


 淡い夕暮れ色の画面がソファを照らす。だが、部長・白雪 澪は画面を見ていない。


 

 彼女の視線は映像ではなく、膝に置かれた指先に向けられていた。爪を軽く噛む癖が出ているのは、考えが渦巻いている証拠だった。


(……忌々しい。あの吸血鬼に、一人を“シェア”されるなんて。屈辱以外の何物でもない)


 胸の奥がじりじりと焦げる。


 それでも、手を打たなければならなかった。月永永遠――“原初の吸血鬼”。その力を真正面から否定できるほど、白雪 澪も愚かではない。


(無視できない。あいつの力は絶対に。だからこそ、この状況を呑んだ……だが、これが本当に正解なのか?)


 視界の端で、スクリーンの男女が入れ替わりながら運命を重ねる。  だが澪にとっては遠い出来事のようで、ただ雑音にしか感じられない。


(……まだ大丈夫。例の研究――あれは理論化が出来ている。サンプルさえあれば完成する。そうすれば、この茶番はすぐにでも覆せる)


 澪の脳裏に、何冊もの魔導書の断片、図式、計算式が浮かぶ。


 不死を研究してきた魔女としての叡智が、それを確信に変えていた。


(問題は、誓約……あの吸血鬼が応じた“約束”が、どれだけ効力を持つか。あれほどの高位存在ならば、ちょっとした契約文など容易く破れる。いずれ面倒になる。ならば――)


 指先を組む。わずかに口元が吊り上がる。


(一人を籠絡する。それが最も早い。彼自身をこちらに引き入れれば、吸血鬼の側に傾くことはない)



 その瞬間、スクリーンのヒロインが涙を浮かべ、必死に名前を叫ぶ場面が流れた。


 だが澪は――ただ、苦い思考を続けていた。


(……悔やまれる。童貞を奪われる前に、私が手を打つべきだった。あの女に“最高のご馳走”などと吹聴されるのも、屈辱だ)



 ぎり、と奥歯を噛む。


(……いっそ、あの吸血鬼が一人に飽きてくれれば、どれほど楽か。けれど――甘えるわけにはいかない。私が動くしかないのだ)



 映画はクライマックスへと差し掛かる。  だが澪の胸にあるのは、ただひとつ。


 一人をどう手に入れるか。


 それだけだった。




「あの〜、僕はいつまでこうしてれば……」


 声が震えていた。



「うん。映画が終わるまでだな」


 白雪先輩――澪は何でもないように言い切る。



「いや、その……」


 僕はソファに座り、無理やり足を開かされ、その間に澪が背を預けて座っている。


 いや、“座っている”というより――完全に密着している。背中から伝わる彼女の体温、柔らかさ、そして形。どこもかしこも触れている。逆に触れてない部分の方が少ないくらいだ。



 後ろから見えるのは、艶やかに揺れる髪。僅かに覗くうなじ。制服越しに伝わる背中の線。そして、わざとすり寄せてくるおしりの感触。


 そのすべてに僕の理性はギリギリまで削られていた。


 髪から漂う香りが鼻腔をくすぐる。


 甘くて、少し大人びた匂い。危険だ。こんなの、耐えられるはずがない。


「――ああ」



 澪がわざとらしく声を漏らした。


「なんかおしりの近くに硬いのが当たってるな〜。なんだ、棒でも入れてるのか?」



「えっ!? い、いや……それは、その……」


 言葉にならない。脳が真っ白になる。


 わざわざ耳元に口を寄せて囁くその仕草は、明らかに僕をからかっている。


「ふふ、まさかとは思うけど……お前に私を襲う度胸があるなら、見てみたいもんだな」


 その瞬間、澪はさらに体重を預け、背中をぐっと押し付けてくる。


 絶対わざとだ。


 背筋に走る悪魔のような誘惑。抱きしめろ、と彼女が全身で僕に命じているようにすら感じる。


(まずい……っ。手が……勝手に……!)


 背中から彼女を抱き締めたい。腕を回して、このまま飲み込まれてしまいたい。


(だめだ、だめだ、がまんだ……!)


 必死に言い聞かせるが、理性はもう半分溶け落ちている。


 そんな僕の葛藤を知ってか知らずか――いや、絶対わかってやっているのだろう



――澪が振り返りもせず、低く囁いた。


「ねぇ、一人かずと。ここまできて、我慢する必要なんてあるのか?」


「……っ」


「男なら、据え膳食わねばってやつじゃないのか? どうせ逃げられないんだし」


 その一言が、決壊のきっかけだった。


 ああ、そうか。


 僕は悟ってしまった。


(逃げられないのなら――いっそ、流されても……!)


 理性よりも欲望が勝つ。



 僕はついに腕を伸ばし、背中から彼女を抱きしめようと――その瞬間。


 ――ガチャリ。


 突然、部室のドアが開いた。


 空気が凍りついた。



 僕の腕は宙で止まり、澪の肩越しに見えるのは――。


「……」


 そこに立っていたのは、永遠とわだった。


 冷たい微笑みを浮かべ、こちらを見つめている。


(……終わった)

☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。


今後もよろしくお願いします!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ