第29話 キック・アス
――映画研究会部室。
戦利品の山――いや、もはや“お菓子の城”に囲まれて、
一人は正座していた。
その首には、無慈悲な札がぶら下がっている。
『僕は、嫁がそばにいるのにキャバクラに行く“ダメ男”です。』
いつもの“公開処刑”スタイル。
仁王立ちの亜紀が、怒りのオーラをまとっている。
「アンタさ〜……もう病気だよ、それ!! 嫁が傍にいて“キャバクラ”行くか、普通〜!?」
一人の両頬には、見事な紅葉のような手形。
顔はふっくら、まるでお菓子の一部のように腫れていた。
お菓子をポリポリつまみながら澪がぼそり。
「まあ、平常運転だな。だから言ったろ、“行くな”って」
「亜紀ちゃん、もうそのくらいにしてあげたら……」と、伊空がやわらかくなだめる。
「男の人って、そういうとこあるから……それに、お店でしょ?」
「もうしないよね? ねっ?」
伊空の優しい声。
だがその隣で、鬼のような亜紀が吠える。
「イゾちゃん!! 甘やかしちゃダメだよ! なんだかんだで全然反省してないんだから! 毎回毎回!!」
澪は、冷たい笑みを浮かべて追撃する。
「勘違いするなよ、一人。伊空は“あんなこと”言ってるけど、本音じゃそんな風に思ってないからな。ポイント稼ぎしてるだけだから」
「……あの〜、行ったのは“僕”じゃないんだけど……」
(サマエル:おいバカ、言うな。逆効果だ!!)
亜紀のこめかみがピクリと動く。
「はっ、知ってるわよ。そんなの!! じゃあアンタ、サマエル止めた!? どうせ一人だったら迷わずキャバクラ行ってたでしょ!!」
「………………………………」沈黙。
「うん、行くな。一人なら」と澪。
「……………………」無言の伊空。
――沈黙が、重い。
その時、ガラッと引き戸が開いた。
「交代だよ〜」
永遠が戻ってきた。
一人の首の札を見て、一瞬で察する。
「……うん。平常運転だね。旧校舎、行ったんだ」
ゴミを見るような目だった。
「そうなんだ……永遠、もう旧校舎に行くなよ。文芸部とは揉めたくないから」と澪。
「うん、わかった。じゃ、行こっか!」
軽いノリで永遠が誘う。
二人は部室を出た。
――校舎内。
永遠と一人が並んで歩く。
普段は残念キャラの永遠だが、学校内では人気者。
どこへ行っても歓声、写真撮影。
「永遠ちゃん、かわいい〜!」
まるで学園アイドルのパレードだった。
向かった先は、祓川高校の巨大屋外ステージ。
軽音部の演奏が鳴り響くステージの奥、控室では――
――特撮部の控室。
黒タイツの男、キラキラしたヒーロースーツの人物、そして怪人役の面々が慌ただしく動いていた。
まるでニチアサの撮影現場。
永遠が笑顔で駆け寄る。
「やっちゃん、応援に来たよ〜!」
「永遠ちゃん! 助かった! お願い!!」
その女子高生は両手を合わせて拝む。
「急で悪いけど、ヒロイン役やってくれない?」
「えっ?」
「実はさっき、ヒロイン役が出れなくなって……しかもヒーロー役もダメで……」
見ると、床に体育座りして落ち込む男子。まるで敗北した戦士。
「いいけど……どうしたのさ?」と永遠。
「実は、さっき大喧嘩して。男の浮気が原因らしいんだけど……」
「へぇ〜……なんか、他人事とは思えないね〜」
永遠がジト目で、ゆっくりと一人を見やる。
その眼差しは氷点下。言葉の刃よりも鋭い。
「ダメ男っているよね……ほんと、どこにでも。」
「は、ははっ…………」と、乾いた笑いを漏らす一人。
「いいよ、やっちゃん。やるよ」永遠は笑う。
そして親指で後ろを指す。
「ヒーロー役はこいつで」
「えっ!?」一人が叫ぶ。
「できるわよね? するわよね?」
圧が強い。目が笑ってない。
「ほ、ほんと!? ありがとう! じゃあ衣装合わせしなきゃ!」
「大丈夫、映画研究部だよ。スーツは自前。ハイクオリティ。ハリウッド仕込み。大船に乗った気でいて」
「すごっ……! じゃあ特撮部と映画研究会のコラボで司会に言っとくね!」
「これシナリオ! セリフ少ないから安心して! 殺陣はテキトーでOK、爆発で誤魔化すから!」
「ヒーローの声は代返入れるから大丈夫! ぶっつけ本番でいくよー!」
女子が走り去る。
一人は顔をひきつらせた。
「大丈夫なの? こんなのやったこと……」
(サマエル:俺、やらんぞ。絶対やらんぞ)
永遠がにっこりと笑って――背後に黒いオーラ。
「サマエル。手伝いなさい。変身して適当に動いてりゃいいの。……それとも、“キャバクラ”の件、蒸し返そっか?」
「全力でがんばるぜ! 任せな!!」
即座にテンションが変わり、サムズアップ。
こうして――
祓川高校文化祭、史上最大のカオス。
波乱のヒーローショーが、今幕を開ける。
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