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第27話 旧校舎にて

 文化祭の喧騒が少しずつ遠ざかっていく中、

 伊空と一人は、無言のまま映画研究会の部室に戻ってきた。


 扉を開けると――



「おっ、おかえり〜」

 亜紀がソファに寝転び、お菓子の袋を枕にしていた。


 その隣では、澪が紙コップ片手にチョコスナックを食べている。



「楽しめたか?」


 澪がにやりと笑いながら伊空にアイコンタクトを送る。



 ――まるで「うまくやれたか?」とでも言いたげな、探るような視線。


 しかし、伊空は小さく首を振ることもなく、ただ静かに頷いただけだった。


 その目は笑っていない。


 どこか、何かを閉じ込めているような――


 氷のような沈黙が漂っていた。



「……そう」

 澪が、それ以上は何も言わずにコップの中のジュースを揺らす。


「じゃ、次は私の番だね!」

 亜紀が勢いよく立ち上がった。



 だが――その瞬間、澪が真顔になって声を低くした。



「いいか、旧校舎の方には行くなよ」

 その一言に、空気がピンと張り詰める。


「……は?」と亜紀。



「旧校舎には“非合法の店”がある。

 生徒会が認めてない、アングラ系の部活の巣窟だ。

 揉め事を起こしたくなければ、あっちには行くな」



「え、じゃあ……あのお菓子の“カジノ”も?」と一人。



「そうだ。あそこもグレー通り越して真っ黒だ。

 まともな奴は近づかない。

 この学校には“アンタッチャブルな部活”がいくつかある」

 澪は指を一本ずつ立てながら、淡々と挙げていく。


「文芸部、漫画研究会、写真部、華道研究会、科学部、園芸部――

 どれも裏がある。特に文芸部はヤバい。


 あそこ、武闘派だからな。


 見た目インテリでも、金と暴力で動いてる」

(一人:……いや、もう文芸部のカジノで大暴れしたけど……)



「それと、文芸部の“副部長”にだけは関わるな。

 あいつ、実質的なボスだ。裏の交渉も全部仕切ってる。

 目をつけられたら終わりだぞ」


「……」と一人は顔を引きつらせた。

(やばい……たぶん、もうバッチリ目つけられてる……)



「うん、わかった」

 亜紀が軽く頷いて――



「じゃ、行こ。一人」

 あっさりと部室のドアを開けた。



「おい、聞いてた? 今の話!」

 澪が叫ぶが、亜紀は笑いながら手を振る。


「聞いた聞いた〜。でも、旧校舎って楽しそうじゃん?」


「え、いや……そこ、やばいって言われたばかりなんだけど」と一人。


「大丈夫でしょ? 私たち悪魔だよ?」

 亜紀は悪戯っぽく笑いながらウインクする。


「この程度でビビってどうすんの。ねっ、サマエル?」


 その言葉に、

 一人の中の何かがスッと切り替わる。

「……そうだな。行くか」


 声のトーンが低く変わる。


 瞳の奥に、サマエルの冷たい光が宿っていた。




 ――旧校舎。



 そこは、現代の日本の高校とは思えないほど、怪しさと退廃の香りに満ちた迷宮だった。


 蛍光灯はチカチカと点滅し、ところどころが切れている。廊下の壁には何やら意味不明な落書きや、貼りっぱなしのチラシ。



 通りを歩けば、呼び込みの男女が甘い声やヤバいテンションで声をかけてくる。

「お兄さん、ちょっと見てくださーい♡」「そこの嬢ちゃん、強くなりたくない?薬草系だよ!」



 さらには、廊下の隅でぐったりと寝ている者まで。まるで異世界のスラム街。


「ねぇ、これ本当に学校だよね? 異世界の裏市場とかじゃなくて?」と亜紀も若干引き気味だ。



 そのとき――。


 園芸部の教室ブースの前で、フードをかぶった売人風の男が二人を見つけ、ニヤリと笑った。


「お兄さん、いいハーブがあるんだ。どう?キマるぜ」

 差し出したのはジッパー式の袋に詰まった“乾燥ローズマリー”。



 次に現れたのは――写真部。


 入り口には、モヒカン頭に革ジャン姿という、もはやどこからどう見ても不良が仁王立ちしていた。

「おう、兄ちゃん! “いいの”入ってるぜ」



 テーブルの上には、ズラリと並ぶ写真。よく見ると――知った顔が写っている。


「これ……永遠に、亜紀、澪!? なんで水泳写真まであんの?」


「ふふっ。お兄さん、こっちの方がレアだぜ」と差し出されたのは、りりと彩花の写真。


「こいつら滅多に出回らねぇんだ。今ならサービスするぜ」


「これ!! この写真!? いつの間に!!」



 亜紀は目を見開き、次の瞬間――すっと目を細めた。



「……後で、回収するから」


 その瞬間、ぱちんと指を鳴らす。

 一人以外には、この騒ぎが見えなくなる認識阻害の魔法が発動。




 続いて――漫画研究会。


 教室の前にはラインジャージ姿のチンピラ風男子が立っており、妙に慣れた手つきで客引きをしている。


「おう! いいもんあるぜ。寄ってけよ!」


 誘われるまま中に入ると、薄い本の山。即売会のような熱気だが、内容は……。

「全部、百合モノじゃん……しかも18禁かよ」



「あっ、これ人気シリーズなんだぜ!」と鼻ピアスの男がにやつく。


「実在のモデルがいるんだ。“永遠と亜紀”って名前でな、似てんだろ? 顔も口調も、まんまそっくりにしてあるのさ。くくくっ」



「…………」

 亜紀は、笑っていた。

 だが――その笑みは、目だけが一切笑っていなかった。

(この薄い本、後で全部回収するから)

 と、思念波がサマエルの脳裏に響く。




 そして、認識阻害を解除した瞬間――


 二人の前に立ちはだかったのは、**文芸部の“カジノ”**の入り口だった。



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