第24話 カジノロワイヤル
再開されたゲーム。
だが――結果は、さっきまでとは正反対だった。
ヒットしてもバースト、スタンドしても負け。
完璧なまでにディーラーの勝ちが続く。
澪の手元のチップが、じわりじわりと減っていく。
静かだった観客の間に、笑い声が混じる。
その中で、澪だけが黙っていた。
カードを伏せるその瞬間、彼女の目が鋭く光る。
(……おかしい。札の切り方、配る角度――全部微妙に変わってる)
(おそらく……カードのすり替えをしてるな)
唇がわずかに歪む。
――照明の光が赤から青に変わる。
ざわめいていた空気が、一瞬で静まり返った。
その“気配”に、澪は自然と背筋を伸ばした。
奥の闇を割って、重い靴音が響く。
カーテンを押しのけ、姿を現したのは――男だった。
スーツの上からでも分かる分厚い胸板と腕の太さ。
顔は強面、まるでヤクザ映画の悪役がそのまま抜け出してきたようだ。
「……久しぶりだな、映研の白雪。元気してたか〜?」
にやりと笑う声が、場を震わせた。
「――ああ、文芸部の田島。
今年も稼がせてもらおうと思ってるんだが、どうも調子が悪くてな」
澪は笑いながら、テーブルの上のカードに視線を落とす。
「それと気になるんだが……いま出てるディーラーの絵札、
それ、さっきも出てたやつだろ。もっとうまいことやれよ」
ピクリ、とディーラーの手が止まった。
田島は一瞬、表情を凍らせ――そして、
「はっはっはっ!」と大声で笑い飛ばした。
「あ゛〜そんなことがバレちまったか! そりゃすまんな。
返金させてもらうよ」
悪びれる様子は一切ない。むしろ楽しんでいるようだった。
「お詫びといっちゃなんだが――」
田島の声のトーンが、ぐっと低く落ちる。
「よかったら俺と勝負しねぇか? サシで。
もしお前が勝ったら、ここにあるチップ、全部お前のもんだ。
でも俺が勝ったら……お前、うちの“組”(三年C組)の゛シマ ゛(メイド喫茶)で働いてもらう。
それとお前゛モデルをしてもらうぞ゛
(小説の)゛」
その言葉に、周囲から下卑た笑いが起こる。
「うわ、マジか!」「白雪が負けたら見に行くわ〜」
しかし澪は微動だにせず、チップを指で弾いた。
「……いいぞ」
その声は、低く、静かで――冷たい刃のように響いた。
「ただし、条件がある」
澪は懐から新品のトランプを取り出す。
「カードはこれを使ってもらう。それと――私にシャッフルさせろ」
田島が眉を上げ、封を確認する。
確かに未開封。すり替えの余地はない。
「……いいぜ。やるか、ポーカー勝負だ!」
どよめく観衆。
二人がテーブルに座ると、空気が変わった。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、
まるで戦場のような緊張が教室を支配する。
カードが配られる。
お互い、伏せたまま――クローズド。
「チェック」
澪の声が響く。
次のカードが配られる。
お互いの表情を読み合うように、視線が交錯した。
――ざわ……ざわ……ざわ……。
ざわめきが、まるで効果音のように空気を震わせる。
澪はわずかに指先を動かし、二枚のカードを交換。
田島も、それに倣うように二枚を差し替えた。
沈黙。
全員が、呼吸を止めて見守る。
そして――田島が口角を上げた。
「俺の勝ちだ」
テーブルに叩きつけられたカード。
フラッシュ。
場が一気にざわめく。
「ふふ……この後が楽しみだぜ」
田島の目が勝利を確信していた。
だが、澪は――笑っていた。
「そうか。じゃあ、見せてやるよ」
ゆっくりと、彼女がカードを広げる。
その瞬間――空気が弾けた。
「……ハートの、ロイヤルフラッシュ」
「なっ――!?」
「嘘だろ!!」
「そんな手が簡単に出るわけねぇ!!」
怒号が飛ぶ。田島がテーブルを叩く。
「イカサマだ!! ありえねぇ!」
「……さっき、イカサマしたくせに何言ってんだよ。
証明できるのか?」
一瞬の沈黙――
そして、観衆の怒りが田島へと向かう。
「そうだ!」「今さらイカサマとか言うなよ!」
「負け犬の遠吠えだな、田島ぁ〜!」
田島の顔が赤く染まり、唇を噛んだ。
澪は静かに立ち上がり、
白いチップを一気にかき集めてテーブルから去った。
――30分後。映画研究会の部室。
「……あれ、文芸部の出し物だったんだね。
みんな強面でびっくりしたよ」と一人が言う。
「ああ、文芸部と映画研は犬猿の仲でな。
毎年こうやって荒稼ぎしてるのが原因なんだ」
澪は笑いながら、口の端を上げた。
机の上には、チップと引き換えた山のようなお菓子の山。
スナック、チョコ、グミ、クッキー、駄菓子の束。
――そんな光景を前に、
「このお菓子の山は……十万円以上あるよ。
文芸部の部費、なくなるんじゃ……?」
言いながら、視線を隣の澪へ。
白いシャツの袖をまくり上げ、チップ代わりの菓子を数えているその姿は、
まるで勝ち抜けたカジノクイーンそのものだった。
「ふっ……心配するな」
と、澪は指先でチョコボールを弾きながら笑った。
「アイツら裏で“官能小説”書いて結構儲けてるからな。
原稿料で黒字なんだよ。」
「か、官能小説って……」
一人は絶句し、思わず口元を引きつらせる。
澪はそんな彼女を横目に、悪戯っぽく口角を上げた。
「ま、憧れの先輩モノなら読んでもいいぞ。それ以外は――浮気だからな」
その言葉に、一人の頬が一気に赤くなる。
「でもさ、ツイてたよね今日。なんか必勝法とかあるの?」
「あるぞ」
澪は当然のように言った。
「全部のカードを覚える。“カウンティング”ってやつだ。
本場じゃ通用しないけど、あいつら気づいてないからな。毎年勝ってる」
「うわっ!それイカサマじゃない?」
「バレなきゃイカサマじゃないのさ。しかも――あいつらもしてたしな」
「でも、最後の勝負はガチでしょ?」
「そんなわけないだろ」
澪は鼻で笑った。
「もともと開封してたカードを魔法で包み直したんだ。
しかも目印付き。シャッフルして全部、あのカードなるようにしたんだ。
カードも回収済みだしな」
一人は遠い目をした。
(……うん。なんとなく、そんな気がしてたよ)
テーブルには山のように積まれた菓子袋のタワー。
一人は思わず、ため息を漏らした。
文化祭の喧騒は、まだまだ続く。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
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