第23話 ラスベガスをぶっつぶせ
――カーテンの向こう側。
そこはまるで、別世界だった。
照明は淡い赤と青の光が交錯し、耳をつんざくようなエレクトロビートが鳴り響く。
教室のはずなのに、まるで裏路地のナイトクラブ。
白いワイシャツに黒のベスト、蝶ネクタイ姿の男子たちが、軽やかにカードを切る。
その所作はまるで本物のカジノディーラー。
いくつものテーブルの上には、トランプの札と、白いチップの山。
金属音がカチリと鳴るたび、空気が一瞬、熱を帯びる。
「……ここ、カジノだよね?」
思わず一人が声を上げた。
「いいの?!文化祭でこんなの!」
澪は、わざとらしく肩をすくめる。
「いいんだ。どうせ毎年グレーゾーンだしな。今年も――稼がせてもらう」
その口角がゆっくりと上がる。
白いチップを指先で弾きながら、ディーラー席に向かって歩き出す澪。
「いくぞ!」
席に腰を下ろすと、澪の前で静かにトランプがシャッフルされる。
テーブルには「BLACK JACK」の文字。
5人掛けの客席、中央には冷ややかな表情のディーラー。
まるで本物のカジノさながらの雰囲気に、周囲の客たちも息を呑んでいた。
(ブラックジャック……カードの合計が21点に近ければ勝ち。
超えたら即負け。シンプルで残酷なゲーム)
ディーラーが「ベット・プリーズ」と言い、澪はためらいもなくチップを積む。
最初の二枚が配られ――ゲームが始まった。
最初の数戦は引き分けや敗北。
他のプレイヤーも同様で、空気はまだ探り合いのようだった。
だが――山札が半分を切った頃、流れが変わる。
「……来たな」
澪の目が細く光る。
一枚、また一枚――彼女の手が動くたび、勝敗が彼女に傾く。
周囲の視線が集まり、次第にテーブルの周囲に人だかりができていく。
「ヒット」
澪が淡々と呟き、カードを一枚引く。
ディーラーが差し出した札を見た瞬間――
彼女の唇が、勝ち誇るようにわずかに動いた。
「……21」
その声に、隣の客が息を飲む。
ディーラーが伏せ札をめくる――15。
次の札を引いた瞬間、ディーラーの手が止まった。
「……バースト」
会場の喧騒が一瞬だけ凍り、そして爆発したような歓声が響く。
澪の前には、白いチップの山。
まるで雪崩のように積み上がっていく。
その時。
黒服の一人が無線のように口元に手を当て、奥に座る人物へと何かを囁く。
彼の視線の先――そこには、ひときわ重厚な椅子に座る男の影。
「あいつは……映画研究会の白雪か?」
「このまま帰すわけにはいかんな。別のテーブルに案内しろ」
「はい」
指示が飛ぶ。
澪が席を立とうとしたその瞬間、黒服が滑るように近づく。
「お客様――」
低い声が、澪の背後に落ちた。
「どうでしょう。あちらのテーブルでお試しになりませんか?
ここより十倍のレートで、お楽しみいただけますよ」
にこりと笑う――が、その笑みは鋭い。
黒服の強面が、かえって脅迫のように見えた。
澪は一瞬だけ口元を緩め、そのまま不敵に笑った。
「ふふっ……今日はツイてるみたいだしな。
いいだろ――波に乗らせてもらう」
その瞬間、彼女の目に映る光が、どこか危険に輝いた。
――白いチップの山が、再び音を立てて積まれていく。
澪は黒服に導かれ、カーテンのさらに奥――
別の一室へと通された。
そこは、さっきのテーブルよりも照明が暗く、空気が重い。
壁際のスピーカーからは低音のビートが鳴り続け、
まるで鼓動を操るかのように緊張を刻んでいた。
中央には、またも五人掛けの円卓。
すでに数名の客が座り、各々チップを弄びながら澪を見上げる。
その視線には――敵意と興味、そして試すような色。
「……ここが“本番”ってわけね」
澪は唇を吊り上げ、テーブルに腰を下ろした。
その仕草ひとつで、周囲の空気がわずかに揺れる。
一人は後方から、じっとその背中を見つめていた。
「ブラックジャックです。ベットをどうぞ」
新しいディーラーの声が響く。
冷たい笑みと共にカードが切られ、音もなく配られていく。
最初の数戦は――負け。
また負け。
ディーラーの手際は完璧で、澪の勝負勘すら滑っていくかのようだった。
チップが減っていく。
そのたびに周囲の観客の目が、冷たく光る。
(……流れが悪い)
澪は目を細めた。だが、焦りはない。
そして、山札が半分を切った瞬間――流れが変わった。
「ヒット」
ディーラーがカードを差し出すたび、
澪の札が21へと迫る。
「スタンド」
淡々とカードを止める声。
そして結果発表――ディーラー、バースト。
次も、その次も。
気づけば澪の前に、再び白い山が築かれていた。
その様子を、奥の闇に座る男が無言で見つめている。
足を組み、顎に手を当てながら――やがて、低く「おい」と呟いた。
それだけで、空気が一変した。
黒服が一人、ディーラーの耳元に囁き、
次の瞬間――ディーラーが交代する。
無表情の新しい男が現れ、カードを切る音がまた響いた。
「ベットをどうぞ」
再開されたゲーム。
だが――結果は、さっきまでとは正反対だった。
ヒットしてもバースト、スタンドしても負け。
完璧なまでにディーラーの勝ちが続く。
澪の手元のチップが、じわりじわりと減っていく。
静かだった観客の間に、笑い声が混じる。
その中で、澪だけが黙っていた。
カードを伏せるその瞬間、彼女の目が鋭く光る。
(……おかしい。札の切り方、配る角度――全部微妙に変わってる)
(おそらく……カードのすり替えをしてるな)
唇がわずかに歪む。
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