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第11話 ヒート(1)

「騙されんじゃないぞ」


 背後から声が響いた。


 ――澪先輩。


「こういう手管をすぐ使うんだよ、こいつは」


 振り返ると、窓枠に腰かけている先輩。まるで映画のワンシーンみたいに逆光に照らされていた。


「ちっ……いちいち邪魔してくるわね、魔女」


 永遠が舌打ちし、立ち上がる。


「ふん、誰かさんが人のものにちょっかい出すからだろ。黙って見てられないね」


 二人の視線がぶつかり合った瞬間、火花が散ったように見えた。


「ここじゃなんだから、あのビルの屋上に出ましょうか? 一度、ゆっくり話したいと思ってたし」


 永遠の挑発に、先輩は肩をすくめる。


「いやだね……って言いたいとこだけど。一度思い知らせてやらないと分からないみたいだし、しょうがない」


「ごめんね、家成くん。ちょっと"お話"してくるね」


 そう言った瞬間――永遠の姿がかき消えた。


「はっ……え?」


「全く……昨日の今日でこれだ。人が好いにも程がある」


 僕が呆然とする間もなく、澪先輩もため息をついて消える。


 残された僕は、静まり返った部屋にひとり。



 摩天楼の最上階、風が吹き抜ける屋上に二つの影が並び立っていた。


 まるで映画のポスターのような構図。


 しかし、互いの瞳に宿るのは憎悪と独占欲だった。


 一人は――


 血の宿命を背負いながらも昼を歩く、「デイウォーカー」にして原初の吸血鬼。


 月永つきなが 永遠とわ



 もう一人は――


 禁術の果てに死を拒まれ、永遠に彷徨う「不死の魔女」。


 白雪しらゆき みお



「……いつも、いつも邪魔ばかりして」


 永遠が吐き捨てる。


 血のように赤い瞳が細められ、口元の犬歯がきらりと光った。


「この、クソ魔女が」


「ふん」澪は艶やかに長い青髪を払い、鼻で笑った。


「邪魔? 笑わせるな。いい雰囲気で距離を詰めてたのはこっちの方よ。あゝ、そうそう――」


 そこで、わざと間をあける。


「お陰で昨日は、彼の“初めて”を奪ったぞ」


「……なに?」


「まあ口だけ、だがな」澪は唇を艶やかに舐める。


「いずれ本当の意味でも。ふふん」


 屋上の空気が、一瞬で凍りついた。


永遠のこめかみの血管が浮き、赤い瞳が暗闇で燃える。


「……ブチッ」


 言葉にならない怒りが、彼女の喉を震わせた。


「てめえ……ぶち殺す……と言いたいとこだが……」


 ぐっと拳を握りしめ、夜気を裂くように叫んだ。


「……我慢しよう。ほんとに切れそうだけどな!」


「おや、冷静じゃないか。珍しいな」


「お前、死ねないんだろ? 決着なんかつかねえ」


「フッ……高位の吸血鬼とは思えないほど下品ね」


「抜かせ」永遠は一歩踏み出す。その足取りは、獲物を追い詰める狼のそれだった。


「……あいつをシェアしようぜ」


「はあ?」


「今までのこと、水に流してやる。あいつを二人で共有すればいい」


 永遠の唇が吊り上がる。吸血鬼特有の妖艶さを含んだ、残酷な笑みだった。


「だが――童貞はもらう。これは吸血鬼にとって最高のご馳走だからな」


 澪の目が細くなる。


「……くだらない」


「どうせ、私を選ぶに決まってるさ。以前からわかってた。あの視線、あのときの鼓動……全部、私に向いてた」


 永遠は自信満々に言い放つ。


「お前はせいぜい、捨てられないように努力するんだな」



「断る」


 澪は風に髪を靡かせ、背筋を伸ばす。


「女として負ける気は微塵もしない。シェアもしない。童貞も、私がもらう」



「……なら」


「……やるしかないな」


 次の瞬間、二人の足元から風が爆ぜた。


 摩天楼の屋上で、吸血鬼と不死の魔女――二人の永遠の化け物が、恋の所有権を賭けてぶつかり合おうとしていた。


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