第22話 文化祭
――放課後。
窓の外はオレンジ色に染まり、映画研究会の部室には、ポテチとクッキーと、微妙に湿った空気が漂っていた。
テーブルを囲むのは四人――いや、正確には五人。
部長の澪、そして常連組の永遠、伊空、亜紀、そして“本来の部員”である**一人**だ。
「――というわけで!」
澪が机をドンと叩く。袋のポテチがびくりと跳ねた。
「もうこの際だから、永遠と伊空、亜紀を正式に部員にする!」
三人が顔を見合わせる。
「ほぼ毎日のように来て、当たり前みたいに過ごして帰るんだからな。
だったら責任持って手伝ってもらう。文化祭、ちゃんと協力しろ。
……文句があるなら、出禁にする」
冷たい笑顔。
澪の言葉に、一瞬だけ部室の空気がピシリと凍った。
「うーん、仕方ないか〜」と亜紀がクッキーをつまみながら肩をすくめる。
「いいよ、楽しそうだし」と永遠が笑う。
「は〜い、了解でーす」と伊空はポテチを頬張ったまま、気の抜けた返事。
澪は満足そうに頷くと、机の端に置かれたDVDケースの山を指差した。
「今年は視聴覚室で“映画垂れ流し”だ。やっつけ上等。
どうせ著作権が切れてるんだから問題なし。『カサブランカ』とか『シェーン』とか、
パブリックドメインを過ぎた名作ばかり、ちゃんと用意してある」
「……地味だなぁ」と一人が小声でぼやく。
「静かなのがいいんだよ。
その代わり――視聴覚室の管理は交代制。順番を決めて、
**空いた時間に“自由行動”**ってことで」
澪の目が、一瞬だけ一人のほうに向いた。
その意図を察したのか、永遠が小さくニヤリと笑う。
「なるほど。“一人”と過ごす時間が、それぞれに割り当てられるってわけね?」
その場の全員が、すでに楽しそうにニヤニヤしていた。
――そして、文化祭当日。
校舎全体がざわめきに包まれていた。
飾りつけられた廊下、クラスメイトたちの笑い声、漂うポップコーンと焼きそばの匂い。
「うちの部活、去年は何もせずに部室に籠りっぱなしだったのに……」
人混みを縫いながら、一人がぼそりとつぶやく。
「急にどうしたの?」
澪は、風に揺れる髪を払いながら、少しだけ笑った。
「そうだな。まあ――ここでの生活もあと、二年もないからな」
「思い出づくり……かな?」
「え?」
一人は足を止める。
「二年したら、高校辞めるの?」
その問いに、澪は呆れたようにため息をつく。
「当たり前だろ!!」
少し照れたように声を上げた。
「自分の旦那が卒業するのに、いつまでも高校生やってられないだろ。それともお前は――私がJKのままでいてほしいのか?」
挑発するような視線。
「それなら……考えるぞ?」
「……うん…………」
その一言が、思わず漏れた。
胸の奥に、あの日の言葉――あの“プロポーズ”が蘇る。
(……もう婚約者から、嫁になってるね)
(サマエル:諦めるしかないだろ。でも――どうすんだ、これから)
内なる声が冷静に告げる。
澪はそんな一人を横目で見て、ふっと笑った。
「それとな、毎年全く廻ってないわけじゃないのさ」
そう言って、廊下の途中で立ち止まる。
そこは他の教室とは違い、出入口が黒いカーテンで覆われていた。
中からは、電子音と低音のビートが漏れ出している。
ドアの前には、黒いスーツに身を包んだ二人の男が立っていた。
高校生――のはずだが、その雰囲気は完全に社会の裏側。
肩幅が広く、眼光が鋭い。文化祭とは到底思えない威圧感。
「待て!」
その声に、一人の肩が跳ねた。
スーツの男の一人が無表情で言う。
「生徒手帳を見せろ」
「え、あ……うん」
言われるがままに、一人はポケットから生徒手帳を取り出す。
男は無言でそれを確認し、もう一人に目配せをした。
次の瞬間――軽く首を教室の方に振り、
「……入っていいぞ」
その仕草ひとつで、まるで秘密の扉が開かれたような感覚。
――カーテンの向こう側。
そこはまるで、別世界だった。
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