第21話 ドリームキャッチャー
暗い。
それはただ灯りがないというだけの暗さではなく、まるで外界から切り離された“閉ざされた暗黒”だった。
重厚な鉄扉の向こうに広がるのは、機械仕掛けの部屋。
壁一面に積み重なるように設置されたモニター。古びたブラウン管や最新式の液晶が混在し、無数の光と雑音を放っている。
そのすべてに映し出されているのは――ただ一人の男の姿。
彼が歩く姿、笑う姿、戦う姿、そして……女を口説き、抱き寄せる姿。
「……くっ、また……!」
若い女の声が低く唸るように響いた。
黒いフードを深く被り、モニターの群れを前に座るその姿は影のよう。フードの隙間から零れ落ちる黒髪が、静かに肩を覆っている。
指先は、計器のスイッチを次々と切り替えながら震えていた。
モニターの男が、また一人、新しい女を傍に置く瞬間を映している。
「……新しい眷属を……あいつ……どれだけ増やせば気が済むの……?」
彼女の吐息は震えていた。
その表情は闇に隠れて見えない。ただ、唇が噛みしめられる小さな音だけが、沈黙の中でやけに大きく響いていた。
モニターのノイズが、不吉にざらつく。
まるで機械の群れが、女の心に巣食う感情を笑っているかのように。
「まずい……このままでは……」
――深夜。
人影が二つ、夜の町を駆け抜ける。
吐く息は白く、アスファルトを叩く靴音が虚しく響いていた。
「はぁ……はぁ……ここまで来れば、多分……だいじょうぶ……だと思う」
先を走っていた少女――亜紀が、胸を押さえながら振り返る。
「どうしたんだよ、亜紀! 急に“逃げろ”なんて叫んで!」
後ろに続く一人が、肩で息をしながら問いかけた。
亜紀の表情は焦りに塗り替えられている。
「魔女と吸血鬼……あいつら、あんたを殺すつもりだったのよ。油断させて、寝首を掻く気だったんだ……妖狐まで協力してね」
「な、何だって……!」
呆然とする一人。だがその時――。
目の前のマンションの扉が開き、もう一人の少女が姿を見せた。
「こっちだよ!」
長い髪を揺らしながら現れたのは、りりだった。
「ここまで来ればもう大丈夫。だけど油断しないで。あいつら、本気で“悪魔を絶滅させる”つもりだから」
「えっ……そんな、まさか!」
顔面蒼白になる一人に、亜紀がすかさず言葉を被せる。
「信じられるのは同じ悪魔だけ。同族で助け合わなきゃ、生き残れない」
「とりあえず魔界に行こう。そこで一緒に暮らすんだ」りりが微笑みながら続ける。
「だね。どうやったか知らないけど……サマエルも封じられてる。今の一人じゃ守りきれない」亜紀の声は真剣だった。
――だが。
ガシャアアアンッ!!
重厚なマンションの扉が、まるで紙のように引き裂かれた。
金属が悲鳴をあげ、木材が砕け散る。
そこに現れたのは、黒い爪を携えた異形の影。
全身から闇を纏い、背からは禍々しい黒翼が広がる。
「待てぇぇぇ……殺してやるぞぉぉぉッ!!」
永遠――。
その瞳は狂気に濁り、爪先から滴る血は夜の闇を赤く染めていた。
「くっ……ここまで追ってくるなんて……! りり、あんたは一人を連れて先に行って!」
亜紀が叫ぶ。
次の瞬間――。
りりの前に現れたのは、伊空。展開した魔法陣から放たれる光弾が、雨あられのように襲いかかる。
「くっ……どこから来たの!?」
りりは舌打ちし、窓を蹴り破ると同時に一人を抱えて飛び出した。
「ぎゃあああああああッ!!!」
一人の絶叫が夜の街に響き渡る。
背後から、伊空と彩花が猛追。
「逃がすな!」
次々と光弾が放たれ、ビルの壁を抉り、ガラスを砕く。
「待てぇぇぇ!! 殺してやるぅぅぅ!!」
永遠の咆哮が夜を裂く。
その刹那、りりは踵を返し、風のような速さで伊空と彩花の懐へ潜り込む。
手刀が閃き、背後からの掌打が炸裂。二人は呻き声を上げて吹き飛ばされた。
すぐさま亜紀が合流し、赤く輝く魔法陣を展開する。
虚空に扉が浮かび上がり、禍々しい光を放ち始めた。
「急いで! ここからなら魔界に繋がる!」
「行くわよ!」
「うん!」
「ちょっと待ってくれ! 本当に行くのか!?」
必死に食い下がる一人。
「ここにいたら、殺さ――」
亜紀が言いかけたその瞬間――。
「――ちょっと待ったァァァ!!!」
響き渡る大声。
その場に現れたのは、澪だった。
彼女は人差し指を突きつけ、まるでドラマの主人公のように叫ぶ。
「お前たちのやってることは、全部お見通しだ!!」
「ちっ……いいところで」亜紀が舌打ちする。
「変な印象操作はやめてもらおうか!」
「いや、ほんとのことだし。普段から結構DVまがいのことしてるでしょ?」りりが肩をすくめる。
「確かに吸血鬼はやってるが、魔女はやってない!」澪が即座に反論。
「私だって悪魔だけどしてないわよ。むしろ一番まとも。最悪なのは吸血鬼」亜紀が指を立てる。
「うん、吸血鬼ほど落ちぶれてない。そこまでじゃない」りりも頷く。
……議論は白熱した。
ただし――“吸血鬼が一番DV体質”という点だけは、全員の共通認識だった。
――次の朝。
通学路を歩きながら、一人はふと口を開いた。
「そういえばさ、昨日また……みんなの夢を見たんだよ」
「えっ、夢?」と彩花が首を傾げる。
「ああ。でも内容は覚えてないんだ。ただ……なんか、全員で永遠のこと称賛してた」
「はっ!? マジで!? やっぱり~、私の良さをみんな分かってたんじゃん!」
永遠は両手を腰に当て、秋空を仰ぎながらドヤ顔。完全に上機嫌だ。
「……あ、私も出てましたよね?」
小声で尋ねる彩花。
「うん。確かに出てた」
「私も?」
伊空が期待を込めて振り返る。
一人は少しだけ間を置いて――。
「………………」
答えなかった。
「えっ! なんで黙るのよ!」
伊空の声が裏返る。
そんな彼女を横目に、澪、亜紀、そしてりりは……下を向いたまま、無言で歩いていた。
秋の空気は乾いて澄みきり、通学路に舞い落ちる枯れ葉がカサリと音を立てる。
その心地よい朝の一幕には、昨夜の混乱とはまるで別の――けれど少しだけ気まずい空気が流れていた。
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