第19話 彩花の想い(2)
お風呂から上がった彩花は、まだ頬を赤くしたまま、髪の毛をタオルで押さえてリビングへ戻ってきた。
だが、一人の姿を直視することができず、俯いたまま小さな声で告げる。
「そ、その……もう寝ます。一人さんは、わたしの隣の部屋が空いてますので……そちらで」
言い終えると、逃げるように自分の部屋へ入ってしまった。
ベッドに潜り込み、天井を見上げても心はざわついたまま。
(わたし……はしたない女って思われたのかな……? 女として見てもらえてないのかな……?)
不安が波のように押し寄せる。頭に浮かぶのは“一人にはもっときれいな彼女がいる”という嫉妬、そして“自分は劣っているのでは”という焦燥。胸の奥が、焼けるように苦しい。
――ガチャリ。
意を決して、彩花は隣の部屋のドアを開けた。
ベッドには眠っていた一人の姿。驚いたように目を開ける。
「彩花ちゃん……? 無理しちゃだめだよ。付き合ってるからって、急にここまでしなくてもいいんだ」
「で、でも……! わ、わたし……」
涙ぐむ彩花は、ついに本心を吐き出した。
「心配になるんです……! 一人さんが、わたしを女として見てくれてないんじゃないかって! 他の人と比べて、わたし全然キレイじゃないし……料理だって上手くできないし……」
一人はそっと息を吐き、落ち着いた声で答える。
「大丈夫だよ。彩花ちゃんは、そのままでいい」
だが、その優しさがかえって胸を締めつけた。
「じゃあ……なんで抱いてくれないんですか!? 私に魅力がないからですか!?」
「そんなことない。……でも、まだ中学生だし」
その一言が、彩花の心を一気にかき乱す。
「……やっぱり!! それって、女として見てないって言ってるんですよ! どうして分かってくれないんですか!!」
一人は困ったように頭をかき、少し間を置いてから彼女を肩へ引き寄せた。
「ごめん。子供扱いしてた。……じゃあ」
そう言って、そっと唇を重ねる。
震える彩花の体――その想いの重さが伝わってくる。
「……あのさ。サマエルと代わるね。でも、僕も同じ気持ちだから」
空気が変わり、サマエルが低く囁く。
「覚えてるか? あの時、“俺の女”って言ったの」
「は、はい……」
「それは変わらねえ。あの時も、今も、そしてこれからも。だから心配すんな。お前の席は、俺たちの心の中にある。特等席がな。……だから抱かないのは、お前に魅力がないからじゃねえ。大切にしたいからなんだ」
彩花の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
(だめだ……この人のこと、ますます好きになっちゃう……)
「で、でも……今日は一緒に寝ていいかな」
「おう、寝ようぜ。何があっても守るから。それに――やっとタメ口になったな」
「えっ……だ、だめ?」
「二人の時はいいんだ。俺も同じ気持ちだから」
彩花は嬉しそうに頷き、一人の胸に抱きついた。
そうして二人は、寄り添ったまま朝を迎えるのだった。
ー病院・診察室ー
モニター越しに、家の様子を見ていた陽子は、唇を綻ばせる。
「ふふ……想像以上ね。体を重ねる以上に、お互いの心が結ばれたわ。これは、先が楽しみだわ」
翌朝
一人が目を覚ますと、彩花の姿はもう布団にない。
ダイニングへ向かうと、そこにいた彩花は顔を真っ赤にして俯いたまま、小さく声をかけてきた。
「お、おはようございます……」
「あっ……お、おはよう」
ぎこちない挨拶が交わされ、二人の頬が同時に染まる。
「あ、あのさ」
「えっ…な、なんですか?」
「そ、その……昨日みたいに……二人の時は、タメ口でいいよ」
「あっ……そっか。ごめんなさ……ごめん」
彩花は恥ずかしそうに俯き、食卓を示した。
「ごはん……できてるから」
テーブルの上には、トーストとコーヒー、ゆで卵。
「和食のほうが……よかったかな?」
「いや。どっちも好きだから」
二人は、昨日の夜を思い出しながら、黙ってパンとコーヒーを口に運ぶ。
甘酸っぱくて、ちょっとぎこちない朝。けれど、それは確かに、恋人同士の朝の始まりだった。
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