第18話 彩花の想い(1)
ここは、住宅地の中にひっそりと佇む、おしゃれなデザイナーズハウス。
そのリビングで、彩花は落ち着かない様子でソファの端に腰かけていた。指先がソワソワとスカートの裾をいじり、何度も時計を見上げてしまう。
――思い返せば今朝のこと。
朝食のテーブルで、彩花と母・陽子がパンとスープを前に話していた。
パンをちぎって口に運んだ陽子は、ふと真顔になり彩花に視線を送る。
「いい? 彩花。今日ね、急な夜勤が入っちゃって……私、家にいられないの。彼のことだから紳士的に対応してくれると思うけど……なにかあったら必ず連絡して。もし“なにもなかったら”その場合でも、報告しなさい。策を授けるわ」
「えっ……二人っきり、ですか? わ、私と……一人さんが、この家で……」
彩花の顔は、真っ赤に熟れた林檎のようになる。
陽子はそんな娘の反応を楽しむように笑った。
「ふふっ、いいじゃない。あなたの手料理を振る舞いなさいな。男を掴むなら、素人っぽいくらいの方が愛嬌があるのよ。そのために昨日、一緒にハンバーグを仕込んだんでしょう? 少しくらい焦げても愛嬌よ」
「は、はいっ!」
母の言葉を思い出すたび、心臓が跳ねて胸の奥が熱くなる。
――ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った瞬間、彩花は飛び上がるように立ち上がり、慌ててドアへと駆けていった。
「こ、こんばんは……今日はお世話になります」
柔らかく微笑む一人の姿が映った瞬間、彩花の胸に華が咲くようにぱっと明るくなった。
「い、いらっしゃいませ!」
頬を染めながらも、精一杯に笑顔で出迎える。
リビングへ案内しながら、小さな声で告げた。
「今日は……母が仕事で泊まりなんです。だから……二人っきり、で……」
「えっ、それなら日を改めた方が――」
「い、いいんです! お母様も承知の上ですから……そ、それに……わ、わたしも……」
そこまで言ったところで顔が沸騰しそうになり、慌てて話題を変えた。
「あっ! あのっ、夕ご飯、用意しますね!」
夕食は、ご飯と野菜スープ、そしてハンバーグ。
「ごめんなさい……ちょっと焦げちゃって……」
しゅんと肩を落とす彩花に、一人は口元を綻ばせてフォークを運ぶ。
「うん。ちょうどいい焼き加減で美味しいよ。昨日から仕込んでたの?」
「は、はいっ! 昨日お母様と一緒に……。秘伝のレシピなんです」
(あれっ……なんだか新婚みたい。こんな時間が、ずっと続けばいいのに……)
頬を赤くしながらも、笑みを抑えられない。
食後は並んで学校の課題に取り組む。わからないところを一人に教えてもらいながら、彩花は穏やかで満ち足りた時間を過ごしていた。
やがて一人が笑って尋ねる。
「彩花ちゃん。そろそろサマエルと代わった方がいいかな?」
「……わたしは両方とも好きです。でも……サマエル様ともお話したいので……」
一人の雰囲気が変わり、サマエルが姿を見せる。
「よう! 飯、美味かったぜ! ありがとな!」
「は、はいっ! 喜んでもらえて、嬉しいです」
「でも無理すんなよ。彩花は今のままでいい。……一人も、同じ気持ちだからな」
その言葉に胸がきゅんと締めつけられる。
「そ、その……お風呂、できてますから……」
視線を逸らしながら案内する彩花。
一人が湯船に浸かり、ほっと息をついたその時――ガラッ。
「しゅ、失礼しましゅ……」
真っ赤な顔にバスタオル一枚を巻いた彩花が入ってきた。
「うわっ!? だ、だめだよ彩花ちゃん!」
一人は慌てて隠しながら声を上げる。
「だ、大丈夫でしゅ……お、男の人とは……こういう……」
しどろもどろになったその瞬間、バスタオルがふわりと滑り落ちた。
「あっ!」
「ひゃあっ!!」
彩花は反射的にしゃがみ込むが、背中とお尻があらわになってしまう。
「見てないから……そのまま着替えてね」
一人の優しい声に、彩花は涙目でこくこく頷き、そそくさと浴室を飛び出した。
ドア越しに、小さく謝る声が響く。
「ご、ごめんなさい……」
「気にしないで。気持ちは伝わったから。無理しなくていいんだよ」
彩花は胸を押さえ、しゅんと肩を落とす。
(うう……お母様……やっぱり私、失敗です……)
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