第17話 第2回 嫁会議
――映画研究会の部室。
ここは戦場だった。
机を挟んで座る六人の女子たちの間に、見えない火花が散る。
発端は、狐坂総合病院での騒動。契約の解除を経て、再び「一人」という存在をめぐる所有権の確認が必要となったのだ。
「じゃあ、私が仕切るわね。部室だし、私、三年生だし」
堂々と宣言するのは澪。
その一言で、場の空気は一層ぴりついた。
「じゃあ確認ね。各々、一人に対する“所有の根拠”を聞かせてもらうわ。……永遠から」
「うん!」永遠は満面の笑み。
「私は一人に告白されてるから! ほら、ロマンティックに崖の上で“愛してる”って!」
「この前なんて、私の元カレと恋人の座を賭けて決闘までしたんだから!」
(……それ、逆さ吊りされて無理やり言わせたやつじゃないか!! 決闘もだよ)
一人の心の悲鳴。
(バカ、それ口に出すな! 本気で半殺しにされるぞ)
サマエルの冷静な助言。
一人は、ただ黙って耐える。
続いてりりが真顔で口を開く。
「私は悪魔として契約したんだ。今は解除されてるけど……でも、もう取り消せないよ。そういう話で進んでるし。サマエル討伐戦にも家族で出たんだ。ここで“なかったこと”にしたら、血の雨が降る」
(……うん、もうだめだね。取り消せない。僕のために戦ってくれたし)
(俺もあの一家三人は相手にしたくない。特にレヴィは怒らせたら終わる)
一人とサマエルは同時に戦慄し、再び沈黙。
次に亜紀が笑顔で言った。
「私は元々、嫁だから。……一人も好きだし、両方大事にできるよ?」
(これは……僕の範囲外かな)
(まあ当然だな)
次に伊空。
「私、サマエル様に“俺の女”って言われてるし、一人さんにも“僕のことは好きにしてください”って言葉をもらってる」
間髪入れずに彩花も乗っかる。
「私も“俺の女”って言われました。一人さんも同じ気持ちだって、ちゃんと聞きました」
そして最後に澪。
「じゃあ最後は私だ。私は一人から“女性として好きです”って。……将来を誓い合ってるんだ」
「……………………」
一人は、何も言えない。
(……うん。みんな都合のいいところだけ切り取ってるけど、その場で否定しなかった僕も最低だ。我ながら……)
(だな)
サマエルの冷酷な相槌が、胸に刺さる。
「永遠、決闘って……何それ?」
亜紀が眉をひそめる。
「え〜、それ聞いちゃう? 気になるの?」
ニコニコと笑みを浮かべる永遠。
わざとらしい間を置いて、何か言いかけた瞬間――
「この前さ〜、元カレがよりを戻そうとして、一人と決闘したんだよ!」
楽しそうに爆弾を投下する。
「私、“やめて〜私のために争わないで〜”って止めたんだけど、二人とも全然聞かなくてさぁ〜。参っちゃったよ〜。まあ最後は一人が“もう俺たちの前に現れるな”って言って終わったんだけど」
マウントを取るように、グラスを掲げて笑う。
(サマエル:あれはお前が無理やり闘わせたんだぞ!! しかも“俺たち”なんて言ってないからな!)
(一人:……もう何も言わない方がいいと思います)
沈黙する一人の横顔に、どこか哀愁が漂う。
「へぇ……まあ、どうせお前が無理やり闘わせたんだろ」
澪がぼそりと吐き捨てる。
「うん」
他の面々も頷いて同調。
「そ、そんなことしないよ〜ねっ? 一人っ」
永遠はにこやかに視線を寄越し、同時に『余計なこと言うなよ』と目で念押し。
一人はただ無言で苦笑するしかない。
そこへ亜紀が矛先を変えた。
「それと……彩花の話、聞いてないけど。サマエル、どういうこと?」
鋭い視線が突き刺さる。
「えっ、ここは……代わりますね!」
一人が慌てて口を開く。
(サマエル:俺、代わらねえからな。お前がうまく処理しろ。お前も同意したんだろ)
(一人:で、ですけど〜……)
「あっ、いや、その……やっぱり僕が」
一人は観念したように息を吸い込む。
「ごめんなさい。彩花は……命をかけて僕を守ってくれた人です。その気持ちを受け止めないなんて、僕にはできない。どんな罰でも受けます。……うまいこと言ってごまかすのは、僕には無理です」
部室に沈黙が落ちる。
やがて亜紀が、深いため息をついた。
「……まあ、あんたならそう言うだろうね。相手の想いを受け止めるのと、自分の気持ちに正直になるのは別だってわかってないけど。許したわけじゃない。でも……サマエルなら受け止めるだろうしね」
呆れ顔を隠さず、椅子に寄りかかる。
こうして嫁会議は紛糾しながらも進行し――
譲り合うどころか、新たに「彩花の権利」がなし崩し的に認められてしまった。
(……これって傍から見たら、僕が六股してるように見えるんですよね。実際は自由なんてほとんどないのに。僕が一人になれる時間なんて……トイレくらいだし。いや、あれも多分監視されてる……)
(サマエル:それ口に出すなよ。ややこしくなるから)
一人の心の嘆きは、誰にも届かない。
――第2回 嫁会議、混迷の極みにて幕引きであった。
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