第15話 トワイライト(1)
夜。
街灯が濡れたアスファルトを照らし、薄い靄が流れる。
今日は永遠とのデートだった。
ナイトシアターで観たのは、ヴァンパイアと人間の少女との禁断の恋を描いた映画――『トワイライト』のリバイバル上映。
スクリーンの光とともに、ロマンティックな余韻が胸に残る。
だが、映画館を出た途端――。
「じゃあ、今から飲みに行こうよ!!」と永遠が満面の笑み。
一人はジト目になり、冷たく返す。
「……もしかして、悪魔酒場?」
「えっ、いやなの?」永遠は首を傾げる。
「いや、だってロマンティックな映画の後にあそこ? あれ同伴喫茶だろ」
「普通に飲むだけだってば。あの騒動の後、みんなあんたに会いたがってるんだよ」
永遠は悪びれる様子もなく肩をすくめる。
一人はため息をつき、観念したように言った。
「……まあ、カウンターだけならいいか」
二人は夜の街を歩き、ネオンが明滅する通りへ。
悪魔酒場の前に着いたそのとき――。
人影が立っていた。
金髪碧眼の美しい男性。黒いフロックコートに革靴――まるで時代錯誤の舞踏会から抜け出してきたような装い。
彼は微笑み、永遠へと歩み寄る。
「久しぶりだな、愛しのアドラステイア。迎えに来たぞ」
「……げっ、ロベルト!? あんた、なんでここに!?」永遠の顔が引きつる。
「君を迎えに来たに決まっているじゃないか! だって、恋人だからな!!」
ロベルトは誇らしげに胸を張る。
一人は呆れた視線を永遠に投げる。
「……恋人?」
「違うわ! こいつの頭が残念なだけ!」
永遠は冷たく突っ込みを入れるが、ロベルトは微塵も気にしない。
「なんで、ここに来るってわかったのよ?」と永遠が眉をひそめる。
「ふん、待っていたのさ。お前がここに来ると信じてな」
ロベルトはなぜか誇らしげに言い放った。
二人の間を風がすり抜ける。
静寂が張り詰め、わずかな音さえ鮮明に響いた。
「うん……意味わかんない。最後にここに来たの、2ヶ月前くらいでしょ?」と永遠が呆れる。
「そうだな。だが――あの“放送”を観て、ここだとあたりをつけた。そして俺は毎日通い続けたのだ!!」
どや顔全開のロベルト。
誇らしげに胸を張り、まるで偉業を成し遂げたかのように。
「……えっ、あれって1ヶ月前の放送じゃん……」と一人が思わずつぶやく。
その瞬間――。
(サマエル:あっ、バカ! 巻き込まれるから余計なこと言うな!!)
ネオンがジジジと音を立て、妙な沈黙が場を支配した。
その中で、永遠がぽつりと口を開いた。
「……うん、バカだわ。よし、一人、家に帰って飲み直そっか」
そう言って踵を返す。
だが――。
「待てっ!! 一人! 貴様、逃げるつもりか!」
背後から怒声が響き、振り返る一人。
「えっ、僕!?」
ロベルトは胸を張り、指を突きつけた。
「そうだ、お前だ! 一人! 我は貴様に決闘を申し込む! 勝ったほうがアドラステイアの恋人となる!!」
「えっ……?」と呆然とする一人。
(サマエル:……チッ、ここは俺が出るぞ)
次の瞬間、一人の雰囲気が一変した。
影が濃くなり、圧倒的な威圧感が周囲を押し潰す。
低く響く声――。
「……おい。お前、本当に俺とやり合うつもりか?」
その一言で、ロベルトの肩がビクリと震えた。
「も、も、もちろんだ! お……おま、前が、誰であろうともっ!!」
声が裏返っている。怯えを隠せない。
サマエルは冷たく吐き捨てた。
「……やめとけ。お前、吸血鬼の中でも大したことねぇだろ」
「う、うるひゃいっ!」ロベルトの声は情けなく裏返る。
「……まあ、そこまで言うなら。じゃあ永遠持っていき――」
言い終える前に。
「――あ?」
永遠が一人の首根っこを掴み、路地裏へと引きずり込んだ。
顔だけひょいっと出して、ロベルトに笑顔を見せる。
「ごめんねー! ちょっと大事な話あるから、ちょっと待っててね!!」
にこやかに告げた後――。
路地裏。
暗がりの中で、永遠は壁に一人を押し付け、鬼の形相を浮かべた。
「……おい。今、何言いかけた?」
「い、いや……あいつの想いが――」
「はっ! 一人の分際で私に口答え? 百万年早えんだよ」
声は完全に反社のそれだった。
「いいか、決闘受けろ。どうせアイツ弱ぇんだから。絶対手抜くなよ、わかったな?」
(一人:……後が恐いので、はい、すみません。よろしくお願いします……)
(サマエル:おい待て、こいつお前の相手だろ! なんで俺が!?)
永遠の目がギラリと光り、一人を睨む。
「……なぁ、お前。今、『なんで俺が』とか思ってねぇよな?」
ブンブンブン!
一人は首を必死に横に振る。
「……おう。それでいい。恋人のために戦えるよな?」
コクコクコク!
今度は縦に高速で首を振る一人。
数秒後、二人は路地裏から出てきた。
永遠がにこやかに宣言する。
「決闘することに決まったから」
ロベルトは口角を上げ、誇らしげに一歩踏み出す。
「ふふ……では、始めようか」
夜の街に、不吉な緊張が走った――。
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