第14話 エルム街の悪夢
翌朝――
ベッドの上でまだ寝ぼけ眼の一人の顔に、冷たい声が降ってきた。
「……おい、起きろ。」
目を開けると、そこには鬼の形相で睨みつける永遠がいた。
彼女の目は血走り、笑顔はどこにもない。
「えっ、何……?」
寝起きの声をあげる一人に、永遠は口角をひくりと上げた。
「昨日はずいぶんお楽しみだったようじゃない……浮気者は……殺してやるわ!!」
その瞬間、彼女の指先が鉤爪のように変化し、ベッドに突き刺さった。
バキィン、と木が割れるような音が響く。
「くっ……外したか!!」
永遠は低い声で唸り、一人を睨みつける。
一人はすんでのところで布団を蹴り飛ばし、慌てて部屋を飛び出した。
「ま、待てぇぇえええええ!!!」
永遠は鬼の形相で追いかけてくる。
(な、何だよこれ!? サマエル、助けてくれ!!)
心の中で叫ぶが、応答はない。
焦る一人の目の前に、澪が現れた。
「あっ、澪!! 永遠が襲いかかってくるんだ!!」
しかしその瞬間、頬をかすめる光弾。
ジュッ、と嫌な匂いとともに血が流れ落ちる。
「死ね!! この浮気者がぁぁ!!」
眉間に深い皺を寄せ、澪は光弾を連射する。
それはまるで弾幕のように、一人を追い詰める。
「うわっ、うわぁぁあ!!」
階段を駆け降りる一人。
だが、階下に待っていたのは伊空だった。
「助けてくれ、伊空! 永遠と澪がおかしいんだ!!」
伊空はにこりと笑った。
「……あの二人がおかしいのは、いつもでしょ?」
だが、彼女の両手にはぎらりと光る包丁。
「えっ……その両手の、それ何……?」
「ふふっ、一人さん……一緒に天国で暮らすのよ。ふふふふっ。」
「ひっ……!!」
包丁が振り下ろされる。
パジャマのまま廊下を飛び出す一人。
(何だこれ……夢じゃないよな!?)
その途中、彩花に出会った。
「どうしたんですか? 一人さん。」
「いや……何故か追われてて!!」
背後を振り返ると、永遠・澪・伊空・亜紀が必死の形相で迫ってくる。
「待てやぁぁあああ!!」
「死ねぇぇえええ!!」
「一緒に死にましょう……ふふふっ」
(やばいやばいやばい!! ホラー映画かよ!!)
「一先ず、病院に逃げましょう。」
彩花は口角を上げ、邪悪な微笑みを浮かべた。
「う、うん!!」
一人は必死に頷き、二人で狐坂総合病院へと駆け込んだ。
病院の待合室。
「じゃあ、これ飲んでください。」
渡された水を、何の気なしに一人は口にする。
――次の瞬間。
視界がぐにゃりと歪み、世界が反転する。
冷たい床に転がる音だけが、遠くで響いていた。
「あれっ……なに、この天井。まぶしい……」
ゆっくり目を開けた一人は、眩しいライトに照らされていた。
――周囲を囲むのは、手術着を着た医師と看護師たち。
「……お母様、一人さんが起きてしまいました。」
マスク越しの声。よく見れば、その中には彩花の姿があった。
「麻酔が甘かったようね。このまま解剖を続けます。」
医師の冷たい声が響く。
「はぁぁああ!? 解剖って何だよおおおお!!!」
一人が暴れようとしたその時――
――バァァン!!!
手術室のドアが轟音と共に吹き飛んだ。
「待てぇぇぇ!! 一人を好きにさせない!!」
飛び込んできたのは、大人姿のりりだった。
次の瞬間、正拳突き、手刀、回し蹴り。
まるで映画のアクションシーンのように、医師も看護師も、そして彩花までも倒れていく。
「もう大丈夫だから。」
りりが優しく微笑み、一人を手術台から助け起こす。
「た、助かったよ……。でもりり、ひょっとして君も殺しに来たの?」
「そんなわけないでしょ。ここは危険だから、早く逃げよう!」
――そして二人はりりの家へ。
リビングのソファに腰掛け、ホッと息をつく一人。
差し出されたコーヒーの香りに、少し落ち着きを取り戻す。
横にはレヴィさんの姿もあった。
だが、窓の外――。
永遠、澪、伊空、亜紀、そして彩花までもが、必死の形相で家の周りを探し回っている。
「まだ遠くには行ってないはずだ!!」
「浮気者め……捕まえて殺してやる!!」
「ふふ、一緒に死にましょう……」
その不気味な声がカーテン越しに響く。
震える一人の肩に、りりがそっと手を置いた。
「大丈夫だよ。ここにいれば安全。隠蔽の魔法をかけてあるから、この家には入れない。」
「そ、そうなの?」
「うん。でも外に出たら終わり。捕まって、残忍に殺されちゃうよ。」
「え、えぇぇぇ……ど、どうしよう……」
「大丈夫。りりが守ってあげる。もうこの家の婿になって、ここから出なければいいんだよ。」
「そうね。それがいいわ。」とレヴィさんも静かに頷く。
「……あんたを幸せにできるのは私だけなんだから。」
りりが畳み掛けるように言い、ぐっと一人に顔を寄せる。
「そ、そうなんだ……なんかそんな気がしてきた……」
――その瞬間。
「ちょっと待ちなさいよーーーーーッ!!」
突如として割って入る声。現れたのは亜紀だった。
「ちっ……いいとこだったのに。どうりで出番が少ないと思えば……」とりり。
「少し黙ってれば、また洗脳でしょ?」と亜紀が睨む。
「変な言いがかりやめて! ほんとのことを少し脚色してるだけじゃん!」
「はぁ? 私あんなんじゃないし。他はまあ、合ってるけど……」
――延々と続く言い合い。
そして――
次の日の朝。
「昨日さ、変な夢見たんだよなぁ。よく覚えてないけど……りりの家でコーヒー飲んでてさ。みんな出てきて……」と笑顔の一人。
「へぇー、どんなの?」と永遠。
「私、出ました?」と伊空。
「私も聞きたいなぁ。」と彩花。
澪だけはジト目で、りりと亜紀を交互に見た。
「……寝てる時くらい、ゆっくりさせてもいい気がするんだけどな。」
(緊急に、強力な夢見の護符を持たせないと……)
「…………………………」
りりと亜紀は、揃って俯いた。
乾いた風が、季節の変わり目を告げる朝だった。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。
今後もよろしくお願いします!