第13話 ユージュアルサスペクツ
彩花の家は、祓川中学からほど近い高級住宅街にあった。
ガラス張りの外壁と直線的なデザインが特徴的なデザイナーズハウス。
庭は手入れが行き届き、車庫には高級車が並んでいる。
「よかったら……寄って帰りませんか?」
夕暮れの帰り道、彩花は緊張した様子で一人に声をかけた。
「今日は遅いし、また今度ね。」
「そ、そうですか……! また明日、いつもの時間に通学しますね!」
「うん。じゃあね。」
互いに手を振り合い、彩花は頬を染めながら家へと入っていった。
玄関の灯りの下には、母・陽子が待っていた。
にこやかな笑みを浮かべながら、娘を迎える。
「ふふ……その様子だと、うまくいったみたいね。」
「はいっ! お母様!」
「じゃあ、詳しい話はリビングで聞かせてもらうわ。」
リビングに入ると、ソファに優雅に腰かけている“お祖母様”がいた。
長い白髪を揺らし、妖艶な笑みを浮かべる玉藻である。
「おお、彩花! その顔を見れば分かるぞ。上手くいったようじゃな。」
「はい……! サマエル様に“俺の女”って言われました。それに、一人さんも同じ気持ちだと……!」
「ほうほう、重畳重畳。よいよい。」
玉藻は愉快そうに笑い、扇子で口元を隠す。
「でも……びっくりしました。言いつけどおり、゛外に出て、戦いをやめるよう叫べ゛としか聞いてなくて、その後は本当に死ぬかと……」
彩花は胸に手を当てて、小さく震えながら言った。
「じゃろうな。あれは演技ではできぬよ。わざと妾が、お前に攻撃を向けたら……案の定、かばいに来おった。ふふ。まあ、あれを見捨てるような男なら、こちらから願い下げじゃ。お主も妾の思ったとおりに…笑いをこらえるほうがたいへんじゃたわい…まあ彩花なら、直撃しても大したことなかろうしの。」
「まあ……あなたの想いが、状況をひっくり返したのよ。他の娘たちに比べて、大きなアドバンテージになったわ。命をかけたんだもの。心理戦において“妖狐”の右に出る者はいないわ。」
「そういうことよな。無理やり婿にしたところで協力的にはならぬ。それに、子を残すという目的のためなら、別に“婿”にする前から手段はある。」
玉藻の目が妖しく光る。
「人の罪悪感を利用し、貸しを作っておくのじゃ。立場ある者ほど、その重みを無視できぬからの。今はこれでよいぞ。」
「お祖母様……もし、あの時サマエル様が勝っていたら、どうするおつもりだったのですか?」
彩花の問いに、陽子が口を開いた。
「ふふ……それがあるのよ。」
そう言って取り出したのは、小さなUSBメモリー。
「これには、病院内の監視カメラの映像が入っているわ。……一緒に病室に泊まったところ、検査にあなたが立ち会ったところ、とかね。もちろん、私は病室や検査の指示はしてない。全部、伊奈がやらせただけ。」
「で、でも……何もなかったです!」
彩花は必死に否定する。
「何があったかなんてどうでもいいの。大事なのは“その事実がある”ってこと。攻めるなら“一人さん”の方だけどね。……もう詰んでるのよ。この病院に来た時点で。」
「ふふっ……そういうことじゃな。」玉藻は喉を鳴らすように笑う。
「ですよね。……彩花、そのうち、こういう搦め手の使い方も教えていくから。」
「……お、大人って……怖いです……」
彩花は小さく身をすくめた。
リビングには、妖狐と母の笑い声が、夜の帳に溶けて響き渡っていった。
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