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第9話 恋雪は今日もニヤニヤする

 昼休み。給湯室前。士郎が恋雪の座るところにそっと缶コーヒーを置く。


 見慣れた光景である彼女がタイピングをする姿は、士郎にとって安心を与えてくれる存在になりつつある。自分がこうして先輩である恋雪の隣で、仕事ができるという嬉しさと共にコーヒーを飲む。


 恋雪のために行動することが基本となった士郎。好意をわずかに見せながら話しかける。


「お疲れさまです。ブラックでしたよね、先輩」


「……はい。……あの、頼んでいないのにすみません」


「いえ、東雲先輩の頑張りを、少しでも支えられたらと思って」


「……」


「あれ、もしかしてブラック飲めなかったでしたっけ? それなら、すぐにでも他の微糖のコーヒーとかを買いに戻りますけど……」


「あの、いいです。微糖じゃなくてブラックでいいです。私ブラック飲めるので、というかブラックしか飲まないので」


「そ、そうですか? なら、どうぞ」


「はい。これでいいです。いえ、むしろこれがいいです。結城さんからもらうこのブラックがいいです」


「……?」


「……いえ、やっぱり、なんでもありませんでした」


 俯いてはいるが、耳がほんのりと赤かった。カフェインのせいなのではと感じる士郎だったが、まだコーヒーは飲んでいない。そもそも開栓していないのだ。


 お互いに赤面した二人だった。





 数分後、休憩スペースで一人になった恋雪。


 缶コーヒーを手に、ベンチに腰掛ける。ふと、指先でラベルを撫でる。


「どうして、私がブラックが好きって……覚えてるんですか、そんなの……」


 ふっと、目元が緩んでしまう。


(なんか変に口走ってしまったけれど、大丈夫だよね。結城さん、ポカーンってしてたし……。顔、赤かったけど……)


 自分にとって都合のいい解釈をした恋雪だったが、あの時の士郎の反応は、まさに初心そのものだった。


「……ばかみたい……こんなことで、嬉しくなるなんて……」


 口元がにじむように笑みを浮かべていた。


「……ふ、ふふ……ふふふっ……」


 唇を押さえて、耐えきれず目を伏せる。


「……あぁ……もう……ニヤけるの、止めなきゃ……変な人だと思われる……」


 しかしニヤニヤは止まらない。





 その夜。帰宅後に風呂に入った恋雪。シャワーを頭から当てて体を洗う。浴室には少し大きな鏡が付いているため、自分の汚れているところなどをチェックすることができた。洗顔も鏡を見ながら行なっていく。


(ニヤニヤしすぎでしょ……私……)


 ソファで一人反芻をしている恋雪だったが、士郎のことを考えては口角を上げるの繰り返しをしていた。


「東雲先輩の頑張りを支えたい……って、なにそれ……」


 顔面にクッションを押し当ててじたばたした。


「……ばか……ほんと……ばか……私がニヤニヤしてるの、結城さんは絶対知らないんだから……っ」


 でもまた、すぐに思い出して笑ってしまう。


「……ああ……また、明日も頑張れそう……」



 ◇◇◇◇



 翌朝、通勤途中。


 駅のホームで缶コーヒーの自販機前に立ち、指が迷う。


「……自分で買うと、なんだか味気ないですね……。なんて、贅沢……ですよね……」


 ふっと笑って、願いを口にする。


「……でも、今日も……もらえたらいいな……なんて」


 完全に乙女顔だった。


 恋雪はもうニヤニヤが止まらない。誰かに見られたら誤魔化しきれないくらい表情が崩れてるが、士郎の前だといつも通りの仏頂面を必死に保とうとしていた。士郎はまた愛おしさを感じてしまい、オフィスには甘い空間が出来上がってしまった。

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