第7話 恋雪は今日も突っぱねる
会議室前。上司が言う。
「今回の件、結城くんは佐伯とペアでやってもらうことになったから。東雲くんは別件のデータ集計、よろしくね」
「……はい、承知しました」
何気ない返事だったが、恋雪は落胆の表情を浮かべていた。
その後、自席で作業中。士郎が隣に来た。
「東雲先輩、さっきの会議の件……本当は、僕、先輩と組めたらと思ってたんですけど……」
「……そういうの、言わなくていいです。業務なんですから」
「はい。でも、先輩が別の案件って聞いたとき、少し寂しかったので」
「……」
「先輩?」
「……別に、どうでもいいです。結城さんが誰と組もうが、関係ないですし……」
頼まれていたデータ集計に勤しんでいる恋雪は、簡単そうな仕事であるにも関わらず、画面を睨みつけるほどに念のこもった態度だった。
いかにも不満をあらわにしていると言える。顕著に、それを周りに振りまくかのように。
エンターキーを叩くたびに、キーボードがミシミシという音を立てて壊れそうになる。士郎は恋雪の機嫌の心配ではなく、もはやキーボードの方が心配になってきてしまう。
視線が恋雪ではなく、キーボードに移っていった時、見逃さないと言わんばかりに、士郎の目を凝視した恋雪が振り向く。
(タイピングが妙に荒いな……)
頬が若干膨れている恋雪。士郎は可愛らしさを噛み締める。
「はぁ……。早く仕事に戻ったらどうなんですか? 結城さんはもう他の方と組むことが決まっているのですから、その方のいる場所に行かれては? 私の隣なんかよりも大切なはずですよ。そうですよね?」
佐伯が談笑している姿を指さして、明らかに向こうに行けと表現していく恋雪。士郎は先輩の言葉を受け止めて、仕事を進めるために指し示された場所へと歩いていく。
「ふん……」
(あ、拗ねてんな、これ……)
その日の夕方。
士郎と佐伯(女性社員)が会話をしている。『やっぱ結城くんって優しいね~』という声がチラッと耳に入ってくる。
「……そう、だよね。……誰にでも、優しいもんね。私だけが、特別なんかじゃないよね……」
無意識に、またテンキーを強く叩いていた。
帰り際、士郎が追いかけてくる。
「東雲先輩、今日は……なんだかずっと機嫌、悪いように見えましたけど……」
「……私がそんなことで、機嫌悪くなるような子どもに見えますか?」
「いえ、でも……」
「……ただ、ちょっとだけ……残念だっただけです。結城さんが、佐伯さんと組んで……楽しそうにしてたから」
「……先輩、今の……」
「ちがいます。今のは……えっと、その……業務的に、ですよ。連携がスムーズで、いいなって……思っただけで……」
完全に言い訳口調の恋雪だったが、士郎はお構い無しに言葉を紡いでいく。
「……でも、僕は。どの案件でも、先輩と一緒にいたいって、思ってますから」
じっと見つめられて、恋雪は顔を赤らめながら口にする。
「……もう、だから……そういうのやめてください……ほんとに……好きに……」
恋雪は自分で言ってから、慌てて取り消した。
「……っ! い、今の……なしで! 忘れて! 忘れてください!!」
全力で逃げ去るようにその場をあとにした。
恋雪は今日も突っぱねる。
◇◇◇◇
その夜、恋雪の部屋。
ソファで一人、スマホを見つめる。
結城士郎
「先輩が僕の隣じゃないと、なんだか落ち着きません」
読み返して、ぎゅっとクッションを抱える。
(ふあぁぁぁぁ! 恥ずかしいよぉぉぉぉぉ!)
テレビでドラマを垂れ流しながら、そっちのけでスマホに夢中だった。メールの文字を一言一句、丁寧に読み込んでいき、その意味と意図を理解しようと必死だった。
恋雪は赤面して、画面は消灯する。
「……なにそれ、ほんと……どういうつもり……。好きになっていいの……? だめだよね……?」
夜中、ニヤニヤと恋雪は笑っていた。