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第3話 恋雪は今日も気付いていない

 恋雪はいつものように自席に座っているが、顔にはわずかな赤みが残っている。昨夜の『カッコいい』発言のことを思い出して、明らかに意識していた。


 そこへ士郎がやってくる。


 士郎はオフィスに来て第一声は朝の挨拶であると決まっている。今日まで欠かしたことはなく、入社初日から続けていることだった。


 しかし今日は誰かに対する挨拶ではない。部長や課長、係長に対してのものでもなかった。


 一人の女性。一人の先輩の女性。自分の隣に席を構える恋雪に反応してもらいたくて、今日の挨拶をしたのだった。


「東雲先輩、おはようございます。昨日はちゃんと眠れましたか?」


「……あ……うん。眠れた……ような、眠れなかったような……」


「やっぱり昨日の疲れが長引いちゃってるんですか?」


「……違うの。なんか……変な夢、見た気がして……」


「悪い夢ですか? 何かあったら、聞きますよ?」


 恥ずかしそうに恋雪が言う。それは普段であれば到底口にできないような内容のはずだった。


 しかし朝で始業直後、昨日に続いて頭が回らなくなっているのか、ぼそりと一言を士郎に告げる


「……夢の中で……結城さんと、手、つないでた……」


 言って気がついた恋雪。頬は途端に染め上がっていく。


「えっ……?」


「……っ! あ、違っ……忘れてください……ただの夢ですから……!」


 士郎も耳にして一度困惑した。恋雪に何かしらの不調でもあったのかと心配が先行した。しかし彼女が手を大きく振りながら、否定しているものであるため、素の状態での発言であったと分かったのはその直後だった。


 頬を染め上げる恋雪を見て、鏡のように自分も顔面表皮の温度が急激に上昇してきているのに気づいた士郎。どうにかコントロールをして赤面だけは避けようとしていた。


 運良く熱が下がっていく。恋雪の愛おしい姿がたびたびその反射を邪魔しようとしてきていたが、士郎は鋼の意思で無効化した。


「……それ、個人的には良い夢だなって思います。現実になればいいなぁって思いますけどね……」


 士郎は思ったことを口にした。かわいい、といえ直接的なものだと恋雪を困らせてしまう。そのため回りくどい言い方で、あくまで自分を主体とした話題にした。


 恋雪は半開きのまぶたで下を見る。泳いでいるのを隠していた。


「……そ、そういうこと……さらっと言わないでください……顔、熱いんですから……」


 士郎はすかさず恋雪の言葉に反応する。今の発言はもっと不利な状況を生むぞ、と少し口角を上げながら心の中で思った士郎。


 恋雪の表情の変化と顔色を伺いながら、得意そうに彼は言った。


「じゃあ、現実で手、つないだら……もっと熱くなりますか?」


「……もう……っ、ほんと……そういうところ、ほんとに、ほんとに……」


 恋雪は手元をぐっと握りしめながら、小さく息を吐いた。それは自分を落ち着かせようとする一種の逃避行動なのだろう。現実で起きる自分への危機を回避するための、自分を自分で保つためのものだ。


 手に力を入れても、心拍数は上がるのみ。収まるところを知らなかった。


「……私、たぶん……こうやって、毎日毎日優しくされたら……結城さんに対して、本気になっちゃいますよ……?」


「……じゃあ、僕も毎日、もっと優しくしますね。……先輩が本気になるまで」


「……なっ……っ、うそ……もう……しらない……」


 恋雪は俯いて、顔を隠すように髪をいじった。耳まで真っ赤だった。


 今日も恋雪は気付いていない。




 ◇◇◇◇




 お昼休みのこと。社員が給湯室にて会話をしていた。


「ねえ、恋雪先輩……めっちゃ顔赤くなってなかった?」


「てかあの空気、完全に付き合ってるよね……」


「えっ、でもあの人、『自分に自信ないので』とか言ってなかったっけ?」


「いやもう、あの顔は……完全に乙女の顔でしょ……」


 マグカップを口に付けて黒の飲料を少量含んだ。


「あれ、これブラックよね?」


「そのはずよ。なんか甘いわね、これ」


「でも私は大好物」


「私も」


 社員たちは気付いていた。

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