第7話:「三人目」
《第4観測対象:高木 駿》
Q-Fileのページにその名前が浮かんだとき、俺たちは言葉を失った。
「……駿って、あの駿だよな?」
「間違いない。高木 駿――俺たちのクラスメイトで、一番信頼してるやつだ」
陸にとっては、死に戻りが始まる前からの友人。
司にとっても、部活の帰り道によく一緒に話す仲だ。
その名前が“観測対象”になったということは――
「……次に死ぬのは、駿だってことか?」
Q-Fileの次の行が、すぐに現れた。
《イベント:体育倉庫崩落事故》
《死亡フラグ発生:明日 午後4時16分》
《状態:未感染》
「……まだ、本には触れてない」
「ってことは、“死ぬけど、戻ってこられない”ってことか」
放っておけば、**一回きりの“本当の死”**が訪れる。
でも、触れさせれば――“感染”する。
俺たちと同じ呪いを背負わせることになる。
「……どうする?」
司が問う。
俺も、言葉に詰まった。
放っておくことはできない。
けど、これまでの地獄を知っているからこそ、“巻き込みたくない”という気持ちもあった。
それに――
「なあ司、思ったんだけど」
「ん?」
「“観測対象”って、俺たちがQ-Fileに気づく前は、全部“死んだら終わり”だったよな」
「……そうだな」
「ってことはさ、誰かがQ-Fileに書いてるんじゃないか?
ただの自動記録じゃなくて、“今この世界を観測してる何者か”が、“観測対象”を決めてる」
司が黙った。
「たぶん、奴らは――駿が俺たちと接触し始めたことに“警戒”したんだ。
だから、次は“排除”対象になった」
「……怖いくらい筋が通ってるな」
「本当に、あいつに触らせるのか? それで、これ以上“見える人間”を増やしていいのか?」
「……じゃあ、守れるか? あいつを事故から助けて、何も知らないまま安全に生かせるか?」
「……」
俺たちは答えを持たないまま、翌日を迎えた。
⸻
午後4時10分。体育倉庫裏。
Q-Fileによれば、崩落事故は午後4時16分。
6分後に、駿は命を落とすはずだ。
司とふたり、倉庫の影で待機していた。
遠くから、駿の姿が見える。
ジャージ姿で、荷物を取りに来たらしい。
「……いま、声をかければ避けられる」
「けど、声をかけて、あいつが逃げるとは限らない」
そのとき、Q-Fileが勝手にページをめくった。
《対象がQ-Fileを視認》
《接触確率上昇》
《フラグ転移準備中》
「……おい、司、見られてるぞ。鞄から見えてる」
「……くそっ!」
次の瞬間――
「おーい、陸ー! 司もいたのか!」
駿が笑顔で近づいてくる。
「それ、昨日お前らが話してた本? 見せてくれよ」
「駿、だめだ、それに――」
言い終わる前に、駿が手を伸ばし、Q-Fileに触れた。
その瞬間、空気が変わる。
風が止まり、時間が一瞬だけ鈍くなるような違和感。
司が、俺の肩を掴んだ。
「……やっちまった」
駿は不思議そうな顔で本をめくっていたが、すぐに手を止めた。
「これ……なんか、見覚えあるな。……いや、違う、初めてのはずなのに、読んだことがある気がする」
Q-Fileのページが、新しく動いた。
《第4観測対象、接触完了》
《死に戻り適応準備中》
《イベント:キャンセル済み》
《新ルート構築中》
「……助かった、のか?」
「でも、もうあいつも……俺たちと同じになった」
⸻
駿はまだ“死に戻り”していない。
でも、時間の問題だろう。
俺たちは、またひとり、共犯者を増やしてしまった。
第8話「三人の誓い」
死を知った三人は、それぞれの信念を胸に、次なる“観測者”に立ち向かう。
だがその裏で、“別のQ-File”が動き出していた。
“書く者”は、もう一人いる――