第6話:「スパイの条件」
司が死を経験し、そして“戻ってきた”。
これでもう、俺はひとりじゃない。
それだけで、世界の見え方が少し変わった気がした。
でも、その世界は――
やっぱりまだ、俺たちを見ている。
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「なあ、司。お前、あの日……本に触れる前に誰かに“妙なこと”言われたって言ってたよな」
「ん。音楽の中村先生。“最近、本に触れたか?”って、唐突に聞かれた」
「明らかに知ってる感じだった?」
「うん。目が、笑ってなかった」
Q-Fileの記録には、はっきり書かれていた。
《第3観測対象:藤原 司》
《観測者:校内配置済(教師枠)》
《次回、対象Bとの接触は不要》
「教師“枠”?……ってことは、監視者はローテーションされてるってことか?」
「担当制ってこと?」
「そう。おそらく、俺たちみたいな“本に触れた者”を追ってる組織があって、定期的に“担当監視員”を校内に配置してる。教師、警察官、保健の先生……そういう“信じやすい立場”の人間に化けて」
「だから、“毎回スパイが違う”ってわけか」
司が腕を組んで考える。
「じゃあさ、逆に言えば“スパイになる条件”ってのがあるはずだよな。
何かしらのルールがある。全員が観測者にはなれない」
「……Q-Fileに書かれてないかな。監視者の選定基準とか」
ページをめくっていく。
しばらく無記述の空白が続いたあと、唐突に文字が浮かび上がる。
《観測者の条件》
・対象と一定距離で日常接触が可能であること
・対象から“信頼”されやすい立場にあること
・疑われにくい“仮面”を日常的に使用していること
「……マジで書いてあった」
「信頼されやすくて、疑われにくくて、日常で接触してる……」
「……担任、じゃん」
ふたりの声が重なった。
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3年B組担任――白木先生。
温厚で話しやすく、生徒の人気も高い。
怒ると怖いが、基本的には「理想の教育者」として慕われていた。
でも、あれだけの死に戻りを繰り返してきて、
白木先生だけは、一度も事故に巻き込まれなかった。
「……観測者なら、“巻き込まれたら困る側”だもんな」
「試してみるか?」
「なにを?」
「“あえて、気づいてるそぶり”を見せて、先生の反応を見る」
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放課後。職員室。
司がわざとらしくQ-Fileをカバンから取り出し、ちらつかせながら白木先生の前を通る。
案の定、白木先生が声をかけてくる。
「藤原くん、それは……新しい教科書かな?」
「いや、ただの古本ですよ。ちょっと、変な本ですけど」
「……ふーん。気をつけてね。変な本って、心までおかしくしちゃうこともあるから」
それだけ言って、ニコリと笑う白木先生。
でも、目は――全く笑ってなかった。
「確定、かもな」
俺が呟くと、司が頷いた。
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その夜。Q-Fileに新しいページが出現する。
《観測者:白木 孝一》
《次回、対象AおよびBとの接触は抑制方向に変更》
《リスク評価:B→中/A→高》
「……俺たち、警戒され始めてる」
「ってことは、逆に言えば“あっちにとっても脅威”になり始めてるってことだな」
「Q-Fileの秘密に近づいてるからか……」
その時、ページの下部に、見覚えのない名前が現れた。
《第4観測対象:高木 駿》
「……駿!?」
第7話「三人目」
次に名前が記されたのは、高木 駿。
彼はまだ何も知らない。
本に触れれば“感染”する。
触れなければ、死ぬ。
陸と司は、次なる選択を迫られる。