第3話:「誰も信じられない」
死んだのに、生きている。
生きているのに、世界が歪んでいる。
そんな日々が、もう三度目になる。
毎回、本に書かれている陰謀が起こる。
回避しようと動けば、生き延びられる。
でも失敗すれば――即、死。
そしてまた“昨日”に戻る。
この異常なループが始まってから、もう何日が経ったのか正確にはわからない。
記録には残らない。
だって、誰も覚えていないんだから。
──俺だけが、“死んだこと”を覚えている。
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「もう、誰かに話した方がいいんじゃないか……」
放課後の帰り道、つぶやいた自分の声があまりにも虚ろだった。
教室では、いつもと変わらない日常が繰り返されている。
笑い声、授業中の居眠り、放送のチャイム。
全部が薄っぺらく見える。
本音を話せば、きっと「頭おかしい」と思われる。
でも、限界は近かった。
この“死の予告書”を持ち続けながら、一人で世界の裏側に抗うのは……もう、しんどい。
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その夜、俺はQ-Fileを読み込んだ。
今度は「校内の陰謀」に関するページだった。
《◯◯高校の音楽準備室には、通信装置が隠されている》
《職員室には“観測者”が潜んでおり、特定生徒の行動を監視している》
《異常行動をとった生徒は、特別な処置を受けて“転校”扱いにされる》
ぞっとした。
この学校の名前が、はっきりと書かれている。
そして、“転校”とされた生徒の中には――見覚えのある名前があった。
「……榎本、って……隣のクラスの……?」
1ヶ月前、急に“体調不良”で長期欠席になったやつだ。
それから見ていない。
偶然にしては、できすぎている。
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次の日。
俺は学校にQ-Fileを持ち込んだ。
調べるべきは――音楽準備室。
昼休み、誰にも見られないように人気のない時間を見計らって向かった。
音楽室の隣の準備室。鍵はかかっていない。
そっと扉を開けると、埃っぽい楽器の匂いが鼻をつく。
中を探る。ロッカー、棚、引き出し……何もない。
そう思ったそのとき、床板の一部がわずかに沈んだ。
「……ん?」
その下には――コードが這っていた。
配線だ。明らかに“音楽室のため”ではないルートを通っている。
そのとき、背後から声がした。
「月島くん? こんなところで何してるの?」
振り返ると、音楽教師の中村先生が立っていた。
笑ってはいるけど、目だけは笑っていなかった。
「君さ、最近ちょっと……変わってきたよね?」
「何か、問題でもあるのかな?」
――やばい。
直感が叫んでいた。
この人、“知ってる”。
俺がQ-Fileを持っていることも、ここに来た理由も。
「……いえ、別に……」
その瞬間、先生がポケットに手を伸ばした。
俺は全力で走った。
振り返らずに、全速力で廊下を抜け、階段を駆け下りた。
教室まで戻ると、机の中にQ-Fileをしまいこんだ。
心臓がバクバク鳴っている。
汗が止まらない。
「もう……ダメだ……誰にも、言えない……!」
本当に、誰が味方で誰が敵かわからない。
昨日まで信じていた人も、もしかしたら“観測者”かもしれない。
いや、もしかしたら……クラスメイトの誰かが“スパイ”かもしれない。
教室にいる、何気ない会話をするやつら。
俺を心配してくれるように見える友人。
あの中に、俺を監視しているやつがいる?
疑念が、頭の中で膨らんでいく。
誰も信じられない。
それでも、誰かを信じたい――
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Q-Fileの最後のページに、新たな一文が浮かび上がっていた。
《次に死ぬのは、“月島 陸”ではない》
「……は?」
初めて、自分以外の名前が示唆された。
いや、正確には“俺じゃない”と明言された。
じゃあ、誰が?
その“誰か”が、俺の大切な人だったら。
……そのとき、俺はどうする?
第4話:「本は、俺を見ている」
Q-Fileに書かれるのは陰謀だけじゃない。
そこには、次第に「自分の思考」すら書かれ始める――
そして現れる“藤原つかさ”の名前。