9 皆と勝利した僕
タンザ(タンザライト):主人公。霊能者という精神領域の魔術に長けた珍しい魔術師。
ルルス:フェルパー(猫獣人)の女盗賊。
レイラ:人間の女性。職業はヴァルキリー。
カルロ:ラウルフ(犬獣人)のロード。大手クラン<モーニングスター>のクラン長。
――魔神の部屋――
ヴァルキリー・レイラのパーティは皆で魔神の部屋に戻った。タンザとフェルパーの女盗賊・ルルスはその後衛のさらに後ろだ。
「カルロ! 私達も加勢する!」
レイラが叫び、槍を手に魔神へ走る。
「ありがたい!」
クラン長・カルロは喜び叫んだ。
彼自身は麻痺を治療されたものの、他の者が次々と状態異常を受けて劣勢になっていたのだ。
新たに敵が増えたのを見て、魔神はさらに激しく光線を乱射する。
光線を受けて、青い顔で吐血する冒険者。血中に毒素が生じたのだ。
そこへルルスが解毒剤を出しながら駆け寄る。
「これを!」
猛毒を食らった者が回復するや、今度はルルスが光線を受けた。
途端に彼女は目を剥いて叫ぶ。
「おほぉーん!」
奇声をあげながら、なんと鎧と服を勢いよく脱ぎだした。精神を冒され錯乱したのだ。大きな胸がぶるんぶるんと揺れ、まるで裸踊りである。
光景としては笑いさえ誘うが、戦闘中に防具を捨てるというのは笑える事態ではない。
そんなルルスにタンザが後ろから抱き着き、薬を口に流し込んだ。
目を白黒させながら、ルルスはハッと我を取り戻す。
そして……パンツ一枚以外全て脱ぎ、しなやかなで健康的な体のほぼ全てを晒している事に気づいた。
露わになった胸の先を掌で必死に隠し、太腿を擦り合わせて、真っ赤になって叫ぶ。
「わにゃにゃあ! 見ないでぇー!」
冒険者達は上級魔神への対処に必死で、頼まれなくても見ていなかった。ドラコンの盗賊が敵の光線を食らいながら、炎を吐いて反撃する。
ルルスの裸身を後ろから抱き留めていたタンザでさえ、既に背を向けて別の負傷者へと走っていた。
「あのさぁ……」
一言漏らすと、ルルスは納得いかなさそうに、でも服を着始めた。
破壊光線に耐えながら、カルロは剣を魔神へ突き立てる。
(レイラのパーティは攻撃力なら単体・範囲共に優れるが、専門の回復職はいない……だから状態異常の乱発に崩された。いわば相性負けだ)
傷ついた彼に、間髪いれず回復呪文がとんできた。
状態異常への回復を複数人が行っている状況下、傷の治療も途切れる事なく続いている。
(だが状態異常に対処し続けられるこの布陣なら、敵の得意手を封じたも同然。今度はこちらが相性勝ちできる)
レイラも光線をかい潜り、槍を敵へ突き刺した。
2人の戦士に刺された魔神は、彼らの頭を掴んで振り飛ばそうとする。必死に武器へ力を籠める2人。
だが青い粒子が宙を流れ、魔神へ注がれる。
途端にその力が、抜けるように弱まった。
それはタンザが放った呪文の効果。
【ウィークン】敵の筋肉組織へ作用し、膂力を弱める水領域の呪文。
だが上級魔神とランク4のタンザでは力の差が歴然。敵はすぐに呪文を破り、力を急速に取り戻す。
「今の僕の、最大の威力で使ったのに!」
焦るタンザ。
だが十分だったのだ。高レベル同士の戦闘では、一瞬で。
剣と槍が魔神を貫き、その背から飛び出した!
敵は床に倒れ……その体が濁った色の炎に包まれ、消滅する。
後ろにふらつきながらもレイラが呟いた。
「借りは返させてもらったぞ」
戦闘が終わり、<明けの明星>は再会を喜び合う。
そうしながらカルロはレイラ達から奥の扉の存在を聞いた。
「新発見のエリアがあるのか。興味はあるが……」
輝いてはいるが疲労の濃い皆の顔を見渡す。
「まずは一旦帰るとしよう」
それに誰も異議はなかった。
閉じないようにした扉から隠し通路へ戻り、待っていた10人程の駆け出し達と合流すると、皆でぞろぞろと地上へ向かう。
途中、レイラがタンザへ話しかけて来た。
「話は聞いた。救助に今日来てもらえたのも君のおかげらしいな。礼を言わせてくれ」
レイラは――普段、冷水のように澄まされた顔と違って――朗らかに、柔らかく笑った。
それを見たドラコンの盗賊が「ほう?」と呟いた。
「レイラが期待のルーキーにずいぶんと優しいな。槍も速いが手も早い」
「何を言っているんだか」
呆れてそっぽを向くレイラ。
タンザは胸にこれまでなかった気持ちがわくのを感じていた。
(浮かれていては、修行が足りないと思うけど……)
それでも、人の役に立てて誰かに感謝してもらう事は、とても嬉しかったのだ。
それは前世の記憶にもほとんど無かった充実感だった。
この日のこの探索が、タンザが躍進する最初のステップとなった。
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