3 出ていく事になった僕
タンザ(タンザライト):主人公。霊能者という精神領域の魔術に長けた珍しい魔術師。
エリカ:攻撃呪文を得意とする魔術師の少女。
「ちょっと、タンザ!」
朝、タンザがホテルのホールに出ると、後ろから声をかけられた。
見れば同じパーティにいた赤毛の魔術師エリカである。
彼女は怒りと焦り半分ずつでタンザへ詰め寄った。
「あんた、昨夜はどこに行ってたの! 他のメンバーにさっさと謝って、追い出されるのを勘弁してもらいなさいよ」
タンザは困り、弱々しく訴える。
「でも、僕の習得した呪文が変わるわけじゃないし……」
「ハァ!? あんた、出て行くつもりなわけ? 攻撃呪文は精神系の単体攻撃1つしかできないあんたが? 回復魔法と【スリープ】が使えるんだから、今までどおりウチでそれやっとけばいいでしょ!」
目尻を吊り上げるエリカ。
攻撃呪文と眠りの催眠呪文を同時に敵へ撃つのがパーティの基本戦法だった。ダメージと行動阻害を同時に仕掛けて自軍の安全を図るのである。
【スリープ】がタンザの役目だったので、エリカはその印象が強いようだ。
(戦闘や探索の支援魔法も使ってたんだけどな……)
そうも思うが、使用頻度で言えば確かに【スリープ】が一番である。
そこへ割り込む声があった。
「そんな奴はいらねぇよ。攻撃も回復も特化に限るぜ」
険悪にそう言うのは、リーダーの戦士ヤカラだ。
「でも、駆け出し同士で集まって今までやって来たのに……」
エリカはそう抗議するが、声は自信なさそうに小さい。
そこへ盗賊チャラスが小馬鹿にしたように口を挟んだ。
「俺達は危険な仕事をやってるんだぜ。馴れ合いはよくねーなぁ?」
(このままじゃ揉め事になるかな)
そう感じて、タンザはエリカへ微笑みかけた。
「今までありがとう。地下4階までの経験は積めたし、そこまでの事は記録してあるから。それを他で役立てるよ」
他愛ない別れの言葉……の筈だったが、神官のインケンがうさん臭そうな目をタンザへ向けた。
「ほう? それは私達を利用してダンジョンの情報を集めたという事ですか?」
「え? そういう意味じゃなくて……」
予想外の言い分に戸惑うタンザ。
だがヤカラが睨みつけてくる。
「じゃあ何だ? 危険を冒して得た情報を他のパーティに教える奴なんていねーぞ」
そこでタンザは少なからず驚いた。
「……いないの? クランの先輩が後輩に魔物の情報を伝えたり……」
「親密になれば個人的に多少やりとりぐらいはするかもな」
チャラスが否定気味に言う。
「……ダンジョン内の情報を持ち寄ってノートにまとめたりはしない?」
「そんな事するわけねーだろ!」
ヤカラが怒鳴った。
「おい、何を騒いでやがる」
大きな声を聞きつけ、クラン幹部の精悍な武闘家・エラソがやってきた。
怯みはしたが、ヤカラは彼に訴える。
「あ、先輩! 聞いてくださいよ、タンザの奴がパーティで得た情報を横流ししようとしやがって……」
やけに悪意のある言い方だが、ヤカラは経緯を説明した。
「タンザ、マジなのか?」
うさん臭そうに訊いてくる幹部エラソに、タンザは訴える。
「個人的に記録してきた事を、次のパーティでも活かそうと思っただけです」
「情報を持ち寄ってクラン内で見せろ、てのは?」
「それは言いました。ダンジョン攻略に役立つと思って……」
そこでエラソが明らかに不機嫌になった。
「あのな。どのパーティだってテメェらのために組んでんだ。無能が楽しようとしてんじゃねーよ。そんな卑怯な生き方したければそれを認めるクランへ行きな。ウチには要らん!」
この街ではどのパーティも、ダンジョン内で見聞きした事を詳細に話し合ったりはしない。入手した物の説明、他のパーティに助けてもらいたい時の説明、手柄話……そう言った時にある程度話す事はあっても、自分達から余分な事は話さない。
情報そのものに価値があり、他のパーティがそれを参考に自分達を出し抜くかもしれないからだ。
ダンジョンが地下何階層まであるのか、最深部に何があるのか。それさえまだ誰も知らないのだ。
全てを解き明かした者達は、向こう百年を超えて語られる英雄になるに違いない。そのための手がかりを無料で他者に教えるなど有り得ない事だ。
それはクラン内でも同じ事。クランとはいえ別々のパーティの寄り合いに過ぎないのである。
冒険者になってまだ日の浅いタンザにはそれが理解しきれていなかった。
むしろ、なまじ地球での記憶があるせいで、会社の仕事やゲームの攻略等のように、同じ件にあたるなら皆で情報を共有していく方が当然のように思い込んでいたのである。
実に嬉しそうににやにや笑い、盗賊チャラスがタンザに言う。
「ほら、クランのやり方に文句ある奴はさっさと出て行きな」
「そういう事は言ってないよ」
「言ったでしょう。今さら言い訳は聞きません」
タンザの訴えを神官インケンが切って捨てた。
結局、クランの方針に不満があった事にされ、タンザは<力の一打>を去る事になってしまった。
一旦部屋に戻り、荷物を纏めるタンザ。
ホテルを去る間際に――
「「「ぎゃははは!」」」
元パーティメンバー三人の下品な笑い声が、彼の背に飛んできた。
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