2 子供の頃の僕
タンザ(タンザライト):主人公。霊能者という精神領域の魔術に長けた珍しい魔術師。
タンザライトが生まれたのは辺鄙な田舎村だった。
産まれた時は特におかしな所の無い赤子だったが、物心ついたあたりで変な事を言うようになった。
「ご飯を食べる時にはもっと手を洗った方がいいよ。バイキンがついてるからね、病気になるの。目に見えない菌が……」
「馬車にサスペンションをつけたら乗り心地は良くなるよ。まずバネが要るけど……」
「井戸にね、ポンプをつけたら水を汲み易くなると思う。こんな形でね、えっと……」
残念ながら、村にこの子の言う事を理解できる者はいなかった。
またタンザが持っていた知識も、地球という星の日本という国の、ただの十把一絡げな独身中年の物でしかなく、原理から根本的に説明するという事ができなかった。
両親を含む村中に気味悪がられるに至り、タンザは強く思い知った。
(目立たないようにスローライフとやらを目指すのが、転生者のスタンダードになるわけだ)
両親は深く悩んだ。間の悪い事に魔王軍がまだ健在だった時期であり、得体の知れない物への警戒は強い。
両親は息子を恐れ、「老子」と呼ばれる魔術師に相談した。彼は村の側の山に住む爺さんであり、時折村を訪れては、魔王軍の手下を追い払い、治療の魔術やその知恵で人々を助けてくれる賢人だった。
魔術師というより仙人に近く、修行僧の格好で草深い庵に住んでいた。
老子はタンザの話を理解してくれた。
「ふーむ、地球という世界で産まれ、生き、初老になる手前で不摂生からの病死か。これが古い記録に残る転移者というヤツじゃな。古の時代には盛んに召喚されたともいう」
タンザはこの世界唯一の理解者である老子を頼り、彼の住み込み弟子になった。
老子が霊能者という種の魔術師だと知ったのは、共に暮らすようになってからだ。
精神力を鍛え、心に関わる魔術を学び、幻と超能力を操る術を学ぶ。森が屋根、大地が床、獣と虫が友の生活を送りながら、タンザは心の力を魔力に変換する技を習った。
そうしながらこの世界の転移者について訊いてもみた。
老子は教えてくれた。
「この世界は文明の進歩と衰退を何度か繰り返しておるようでな。異界から強力な勇者を召喚する術も遠い昔にはあったのだ。その魔術は天を裂き、剣は大地を割るとまで記されておった」
「僕も誰かに召喚されたのでしょうか?」
タンザの問いに、老子はにこにこしながら「さてな」と要領を得ない呟きを返した。
「それにしてはこの世界の赤子として生まれておるしの。何か関係する秘術でも絡んでおるのかもしれん。現にお前は魔術の飲み込みがとても早い」
そうは言われても、比較対象がいないのでタンザにはよくわからない。
ただ過酷ではありながらも常に命の息吹を感じさせる、無限に広い自然の中での生活が、どこか性に合っているのは確かだった。
厳しくものどかな生活だったが、老子が魔王軍配下の魔物兵と戦う時は別だった。
ゴブリンやオークの兵共は、詠唱も無い老子の術一つで、眠りにおち、狂気に落ち、召喚された魔物どもに駆逐され、ほうほうのていで逃げ帰るのだった。
「こんな田舎には魔王とやらも雑兵しか差し向けんと見える」
そう言う老子にタンザは深い敬意を抱いた。
そんな老子の元に、若き冒険者のパーティが尋ねて来た事がある。
彼らは誰かの助言で老子に会いに来たらしく、その話を聞いて、老子は冒険者達に蔵書の一つを与えた。
冒険者が帰った後、老子は珍しく愚痴をこぼした。
「何が魔王か。王どころかとんだ馬鹿者じゃわい」
不思議に思ったタンザはどういう事なのか訊いてみた。修行中の弟子に重要な事を教えてくれるかは疑問だったが、老子はタンザを子ども扱いせずに明かしてくれた。
「以前話した太古の超技術には、今ではとても制御できん危険な物もある。魔王はそれを扱おうとしているようなのじゃ」
どんな物かタンザが訊くと――
「人造の神や悪魔よ。天を衝く金属の巨人、大海をひっくりかえす大海魔、星の世界から大地を穿つ巨竜……造った連中さえ自分らを滅ぼしたというのに」
結果的には、タンザが弟子入りして2、3年ほどで、魔王が倒されたとの報告が世界を駆け巡った。
それから十年ほどして。タンザは老子に命じられた。
「この山に一番近い都市、バトノス。そこにあるダンジョンの最深部にある核を破壊してくるのじゃ」
「僕が、ですか?」
驚くタンザに、老子は当然のように頷く。
「お前は既に霊能者の一人。それは先日認めた筈」
「まだ駆け出しという事です……そんな僕でなんとかなる程、簡単なのですか?」
「多数の冒険者が集まって攻略に四苦八苦しとるようじゃの」
「なら僕には無理ですよ……」
最初から諦め気味のタンザだったが、老子は微笑みながら言ったのだ。
「今日明日やりとげろという事ではない。修行も兼ねての事じゃよ。なんならお前が成功せんでもええ。核が破壊された事を確認できたらそれで良しじゃ」
そして数日後。
タンザはバトノスの街に着き、駆け出しの入会を認めるクランを探して門を叩いた。
そしてさらに数ヵ月になる……が、どうにもなかなか、思うようには進まず、初めて参加させてもらったパーティをお払い箱にされたのである。
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