1 こんな僕
最低でもキリのいい所までは続けます。
剣と魔法の、ある世界のある地方。
その一帯を、魔王を名乗る強大な魔物が率いる強大な軍勢が侵略し、支配しようとした。
長き戦いの果てに人類が勝利。
平和が戻った……魔王が現れる前程度には。
それ以前から、魔物には人と敵対する種族は多く、人に危険な地は多い。
今や危険は、魔王軍が残したものにより増えさえしていた。
ここバトノスの街には、側にダンジョンがある。
かつての魔王軍が支配した時期、荒野の向こうにある山裾に造られた地下要塞の跡で、人が支配権を取り戻してもここは破壊されなかった。
この地を支配した魔王軍幹部は要塞の外での合戦で討ち取られ、その側近の証言で要塞内に正規軍は残っていない筈なのだが……今でも要塞内には無数の魔物がおり、その内部構造もほとんどわかっていない。
ただ最深部に機能を維持するための核がある事、それにより魔物がその持ち物とともに補充されている事は確かだった。
この地を取り戻した領主は要塞を積極的に攻略しようとはしなかった。
軍は長年の戦いで疲弊し、一時とはいえ支配されていた地には立て直しに際しての問題が山積み。
地上へ積極的に討って出て来ない魔物達は、対処の優先順位は低いと判断されたのである。
しかし放置するには危険でもある。
そこで領主がとった政策は――冒険者ギルドへの各種税金を安く抑える事だった。
以来、戦後十年が経とうというこの時代。
バトノスの街は国内最大の冒険者ギルドを抱え、多くの冒険者が集まり、いくつものクランが結成され、毎日ダンジョンへ冒険者が潜っている。
そしてダンジョンから持ち帰る金品を街に落とし、一部の者は貴重な宝物や書物を持ち帰って名を上げて英雄視されるが……一方、いつの間にか帰って来なくなる者も多数いた。
――夕刻、バトノスの街の大通り――
大手冒険者クランの一つ<力の一打>が本拠地にしているホテルがある。そこへ冒険者パーティの一つが戻って来た。
彼らは多少の経験は積んだものの、まだまだ未熟なパーティ。ホテルのホールに入ると、テーブルの側で荷物を降ろした。
赤毛にツインテール、紅い瞳に吊り目の少女が、満面に勝気な笑みを浮かべ、水晶のはまった魔法の杖を手に、側の少年に話しかけた。
「今日は実力の差がはっきりしたわね、タンザ。私の【ファイアーボール】の威力を見たかしら? 同じランク4でも、攻撃呪文のスペシャリストな私と、なんかよくわからない半端なあなたとでは、段違い……いやケタ違いよね!」
ランク――この街の冒険者達の、いわばレベル表記のようなものだ。
決め方は単純、ダンジョンの地下何階まで到達したか。その数字がそのままランクになる。
当然、高ランクの者はそれだけレベルが高く腕が立つわけだが、慎重な者と大胆な者で差が出てくるので、技量と完全に一致するわけでもない。
話しかけられた青い髪の少年――タンザは、大人しそうな顔に苦笑を浮かべた。身に纏う軽装のローブはどこか東洋的で修行僧のようにも見えるが、魔法職である事は容易に窺える。
「エリカ得意の攻撃呪文が大活躍だったね」
するとわざとらしい、大きな溜息が聞こえた。パーティリーダーの青年戦士・ヤカラだ。彼は呆れと苛立ちの混じった目をタンザに向ける。
「お前はいい所無しだったがな。もうウチから抜けろ」
タンザとエリカ、二人の魔術師は「「えっ!?」」と同時に驚きの声をあげた。
しかしパーティの盗賊・チャラスがへらへらと小馬鹿にしたように言う。
「驚く事か? おいタンザ、お前の使える攻撃呪文、確か1個だったよな?」
「でも探索用の呪文、補助呪文、回復呪文……それらが少しずつ使えますけど」
タンザはそう言ったが、神経質そうな神官・インケンが「はぁーあ」と大きな溜息をつく。
「あれこれと半端な……それで攻撃呪文はたった1個。それも精神属性で、不死怪物やゴーレムに効かないじゃないですか。回復の呪文なら私が専門ですし、探索なら盗賊に任せておくもんです」
戦士ヤカラが吐き捨てるように続ける。
「霊能者とかなんか珍しい魔術師だから様子見で入れてたが、攻撃呪文が弱いんじゃ話にならねーよ。俺達はダンジョンで魔物と戦うんだぜ?」
「え、いや、攻撃魔法ならソーサラーの私がいるし! 他の分野の呪文があるならそれで……」
慌ててエリカが訴えるが、盗賊チャラスは横から口出しして彼女にウインクした。
「頼りにしてるぜ、エリカ。タンザの代わりに、そうだな、別系統の魔術師でも入れ直すか」
魔術師2人を他所に、三人の冒険者はあれこれと楽しそうに相談を始めた。
タンザが呆然としていると、ヤカラが再び睨みつける。
「いつまで居るんだよ。邪魔だ馬鹿」
この日、霊能者のタンザはパーティを首になった。
――路地裏の屋台市場――
既に陽は暮れていたが「安物街」と呼ばれる貧しい区画の通りには大勢の人がいる。あちこちで下層民が安い晩飯と酒で腹を満たしていた。
沈んだ気分に相応しい、静かな店を探す魔術師。
屋台通りの外れにある立ち飲み屋に向かう……と、ポンと肩が叩かれた。
振り向けば、短い金髪からネコの耳を覗かせた少女が笑っている。
「おい! 景気悪そうだなタンザ」
魔術師――タンザは力なく微笑み返した。
「ルルスか。そっちは?」
「似たようなモンだよ」
ネコ耳の少女・ルルスはそう言うと、タンザと同じ屋台へ一緒に向かった。
タンザは本名をタンザライトという。
魔術師はいくつかの系統に細分化できるが、彼は霊能者という、精神に関する魔術を重視した、かなり少数派の一員だった。
その力は催眠や念動力にまで及ぶのだが、敵に直接ダメージを与える呪文には乏しい。
ネコ耳の少女は獣人種・フェルパーのルルス。
この世界の獣人はいくつかの種に別れ、中には人類と敵対し魔物として扱われる者達もいるが、フェルパー族は人類側についた猫科系動物の身体特徴をもつ半獣人である。
力や生命力にはやや欠けるが敏捷で感覚も鋭く、ルルスも盗賊の技と軽戦士の技術を身に着けていた。
屋台で安い炒め飯を注文する二人。
飯が出るまでの短い時間にタンザが呟く。
「他の奴らは……上手くいってるかな?」
「だといいけどねー」
ルルスはどこか投げ槍な口調だった。
実はこの二人、特別に親しい友人というわけではない。
この辺りにいるうだつの上がらない冒険者は、所属クラン関係なく、だいたいこの屋台通りで食事をとる。
よって自然と顔見知りになるので――パッとしない連中数人、顔を見れば一緒に飯にする程度の仲にはなるのだ。
今日はたまたまこの二人、というだけの事なのである。
――大通りの一つ――
食事を終えた二人は宿へ向かう。帰る先は別々の宿だが、道は途中まで一緒だ。
少しばかり安酒が入っていた事もあり、途中、大通りを横切る際にルルスが一人の戦士に肩をぶつけてしまった。
慌ててルルスは頭を下げる。
「とと、すんません」
「うむ。気を付けろよルルス」
その戦士――銀髪の女だ――は、澄ました顔に微かな優しい笑みを浮かべた。
彼女の装備している、羽飾りのついた特徴的な兜。それがヴァルキリーという職業が好む装備だと、タンザは思い出した。女しか就く事のできない魔法戦士であり、神聖魔法をも使いこなす。
銀髪の女戦士は静かに、しかし優しくルルスに話しかけた。
「上手くいかなかったようだな。でも初めから上り坂な奴ばかりじゃない。早咲きでも遅咲きでも花は花だ。今日はゆっくり休め」
そして身を翻して去って行った。
その背を呆然と見送るルルス。
ハッと気を取り戻し「にゃはは」と照れ笑いをタンザに見せる。
「あの人、今お世話になってるクランのエース、レイラさん。パッと見はとっつき難そうだけど、私含めてデキ悪い奴にも優しいんだ」
(名のある冒険者、か)
女戦士の背を、タンザは感謝と羨望の混じった複雑な目で見送った。
――クラン本拠地のホテル、一番安い部屋の一つ――
タンザはノートに今日ダンジョンで遭遇した敵やトラップについて記帳した。これは彼の日課である。
そうしながらも内心では落ち込んでいた。
(駄目だなぁ。こんなんじゃ師匠から請けた使命を果たす事なんてできなさそうだ)
ノートをつけ終えると、寝台に寝転び溜息をついた。
(せっかくの前世知識も、どうにも役立てられないし。ダメな奴はどこに行ってもダメなのかも……)
タンザライト。この世に生まれ落ちて17年。
しかし地球での記憶がさらに40数年ある。
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