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案内人  作者: 野々原 凪
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 二人は座敷で対面で座っていた。その隣には友梨がお茶を運んできて、母に言われて出て行こうとしたが内藤に止められて、彼らの間に座ることとなった。

 内藤は既に親友との会話なき挨拶は済ましていた。

「それで話があるとはなんでしょうか?」

 友梨は、この静まった空間の切り口を開く。

「はい、今日は秋葉の……雄平の捜査状況について話にきました」

 それはタブーだった。警察の捜査は、担当の者の間だけでしか情報交換をしてはいけない。つまりそれは、同じ警察の人間にもしてはいけないことだ。

 それを内藤は肉親に話そうとしていた。

「既に捜査は二週間ほどになりますが、いまだ容疑者の断定にも至らず、凶器さえ見つかっていません」

 それは二人とも知っていた。知っていることを二度も話されるということは、その代わりとはおかしいが、他に何かこの事件を解決する手がかりがみつかったのではないか、とも思っていた。

「七瀬葵という女性はご存じですか?」

 それに対して、友梨は頭を振ったが、母だけは頷いた。

「これからは、彼女の身辺調査がメインとなると思います」

 その話を聞いて、母は驚きを隠せなかった。息子の恋人の身辺調査などしないのではないかと思っていたからだ。

「本当ならば……私も捜査から外されるはずの人間でしたよ」 母の驚きに対して内藤はそう言った。

「まあ、そこら辺は何とかしましたが……それにいくつか聞きたいことがあります」

「ええ、なんでしょうか?」

 内藤は、手帳とペンを取りだした。

 それは端から見れば、警察の事情聴取なのだが、二人は内藤の質問に気兼ねなく答えていった。

 内藤はその後、二人の許可をとって親友の部屋へと入っていった。

 大学時代、まだ秋葉が一人暮らしをはじめる前のこと。ここで、サークルの友人たちと麻雀をしたことを思い出す。

 部屋の真ん中には四角いテーブルが置かれており、そこにマットを敷いてやったものだ。

 内藤自身、サークル内では強い方だった。絶対に振り込まないという強固な守りをしていた。しかし、秋葉の前では意味なさなかったのを今でも覚えている。

 そう思いながら辺りを見回した。部屋はそのままになっているのだろう、机の上には、必要ない経済書が何冊か置き去りにされていた。




 そいつは、内藤だった。

 俺の大学からの知り合いであり、親友でもあった男だ。

 たしか県警の方に配属されて、今では忙しい日が続いていると聞いた。

 だが、彼が何故ここに?

 秋葉はその意図を知ろうとするが、理由が浮かばない。

「死者への挨拶」

 アンナは一言呟いた。だが、それだけで十分だった。

 辺りを見回した後に、彼は部屋を出ていった。

「葬式に出れなかったから、こっちに来たのか」

 再確認するように言葉で表す。アンナは、相槌を打つ。

「貴方の事件の捜査を担当しているのは、彼よ」

 次の言葉求めるように彼女の方をみた。

「事件は難航、被害者を刺したと思われる刃物は見つからない。そして、もうそろそろ彼は捜査から外されるでしょうね」

 それは、彼女の経験からでたものだった。

 似た体験は既に一度体験していた。そして、それは……。

 アンナは、悲しげに視線をおろす。秋葉は、何も言わずに立ち上がった。

「行きたいところがあるんだ」

 沈黙を打ち消すために、壁をすり抜け外へと出た。案内人は、有無をいわさなかった彼の後をついて行くことにした。

 そこは、大きなマンションだった。

 まだ建築されてそれほど経っていないのか、外壁は白いままだ。

「ここは?」

 アンナは隣にいる彼に問いかける。答えは数秒の沈黙の後に返ってきた。

「彼女の家だよ」

 左胸を押さえ、マンションの中へと入っていった。

 開かない玄関の扉を通り抜け、部屋の中へと入る。

 夕方に見える朱色の光が部屋の中を照らしていた。

「結衣……」

 短い廊下の先、部屋の真ん中でうずくまる女性を見て呟いた。

 悲しく、まるで再会を約束し、何年も会わずして、やっとのことで会えた片方を見かけたような呟き。

 女性は、眠っているようだ。

 しかし、彼はテーブルの上を見て、すぐに駆けつけた。

 錠剤がこぼれ落ちる。

「すぐに救急車を呼ばないと!」

 アンナは、首を横に振った。

「どうして! このままじゃ……死んじまうじゃねえか!」

 だけど、彼女は首を縦には振らなかった。

「この世界に干渉することは、規約に違反する」

 それだけだった。彼女は、その後は口を開かない。

 しかし、玄関の方からいきなり音が聞こえた。

「ゆーいー。一緒にご飯食べに行こー」

 それは、この状況に合わない声だった。

「いーや、入っちゃうからね」

 そう言って、入ってきた女性は彼女に近づいていく。

「そんなとこでねたら風邪ひいちゃう…………ぞ」

 睡眠剤をみた彼女の慌てぶりは、秋葉のそれであった。

「結衣! 結衣!」

 彼女は葵の身体を強く揺さぶるが、目を覚まさない。

「木山君、すぐに救急車を呼んで! いいから早く」

 玄関に立つ男が携帯を片手に立っていた。

「お前は……」

 秋葉は木山という男の顔を知っていた。いや、忘れられるはずがない。

 救急車が慌てる二人の元に現れて、すぐに葵を搬送していった。

 誰もいなくなった部屋には、アンナと秋葉だけとなった。

「彼女を看に行かなくていいの?」

 アンナの言葉を聞いていないことなど分かっていた。そして、彼から発せられるであろう言葉も。

「俺の願いは、復讐することだよな」

 ええとしか言わない。それは、案内人になってから変えれない表現方法。

 規則に縛られ、自由というものを忘れた存在。

「見つかったよ、俺の標的が」

 それは憎しみだろうか。秋葉の言葉は震えていた。

「俺の願いを奪った奴を……見つけたんだ」

 彼の願い、私は分からない。

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