二
座ることは出来た。
当然のことなんだろうが、今の自分にはそのように思えなかった。
形而上感じることの出来る季節の寒さ、それが自分の肌を持って確かめられなかったのだから。
「今からどこに行きますか」
アンナが催促する。
分かってる、行きたくなくても行かなきゃいけないんだろ。
「実家に戻るさ」
秋葉は、下ろした腰を上げて歩き出した。その後ろを案内人はついて行く。
制服に身を包み、渡されたファイルに目を通す。それは、自分の友人が殺害された事件だ。
内藤は、一枚一枚にみていく。手がかりなどない。犯人が使った刃物は、見つからない。そして捜査が終わっていくのを自身の体験が物語っている。
実際は終わらないのだが、この事件を解決するものが自分ではなくなるだけ。
それだけ、それだけなのだが、内藤にはとてつもなく嫌だった。
自分の手でこの事件の犯人を突き止めたい。それが死んだ親友への手向け、そう思っていた。
ファイルを乱雑した机に置いた。一枚の紙が滑り落ち、内藤は重いため息をはいて、拾いに行く。
それは、被害者の経歴が詳細に書かれたもので、ただ手の内で握るしかなかった。
歯痒い気持ちを机において、彼は外にでる準備を始める。
仕事が忙しく、葬式に出られなかった親友の家へと足を運ぶために。
署からは車で向かう。スピーカーから流れる音楽は穏やかで、心を落ち着かせてくれる。
ポケットから煙草を取り出して、くわえて火をつけた。
紫煙が吐かれ、車内の換気扇が吸い込んでいく。
秋葉の家では、両親がテレビをみていた。
テレビの中の観客は笑っているのだが、二人は笑わない。
面白くないというわけではないのだが、未だに笑顔を作ることは出来なかった。
その二人の姿を秋葉の妹、秋葉友梨は見ていることしかできなかった。
あれほど明るい家族を一瞬にして、これほどまで静かにした事件。
そして、その犯人に密かに憎悪を持っていた。
両親も初めは憎しみを片手に苛立ちを隠しきれなかったが、兄の遺体を前にして静かになってしまった。
それは、憎しみよりも悲しみのほうが強く両親の心に突き刺さったから。
そう友梨は思っている。
呼び鈴が鳴ったので、彼女は立ち上がり訪問者を迎えに行った。
そこには秋葉の友人である内藤が立っていた。
「お久しぶりです、友梨さん。お兄さんの友人の内藤です」
彼女には誰だか分からなかった。葬式に来た人ならば、少しは覚えがあるのだが、目の前の人間などまったく知らなかった。
「あら、内藤君じゃない」
しかし、先ほどまでテレビを見ていた母が友梨の後ろから現れた。
「この度はご冥福をお祈りいたします」
そういって、内藤という人物はお辞儀をしたのでこちらも同じように腰を折った。
「中に入ってちょうだい。友梨、お茶の準備をしなさい」
内藤は断っていたのだが、母の押しに負けて、座敷の方へと通されることになった。