一
秋葉の頭の中では思考が巡り廻る。
自分が死んだこと、また願いを叶えるとしたら彼女に迷惑をかけてしまう。
願いならある。だけど、それはつい先ほど……生前の話だ。困る。
もしも願いを見つけても叶えることが出来ずに期日を迎えたのであれば、俺はどうなるのだろうか。最後にはそのことだけが残滓して消えない。
考えは後にしよう。
秋葉は瞼を閉じ、眠りについた。
翌日、目を開けると知っている場所に立っていた。いつの間に来ていたのかは分からない。ここは、自分が殺された細い通り道。
既に雨はあがっていて、太陽の光が水たまりを照らしていた。
家は近かった。何をすればいいか分からなかったので、帰ることにした。
道すがら、いろいろな人が俺の隣を、俺自身を通り過ぎていった。自分が死んだ人間だということを理解した、いやせざるを得ないといったところか。
玄関など意味がなかった。鍵はポケットになく、通り抜けて家の中に入る。
なんとも奇怪だ、生前の自分であればそう言っていただろうが、もう今までとはそういう現象は通じない。
玄関に立つと、言葉を失った。部屋に積まれた段ボール、好きだったロックバンドのポスターは紙袋に入れられていた。
「なんだよ」
自然と口にでていた。普通は、死んだ数日くらいは故人周辺のものは片づけないんじゃないのか。
「あなたが死んでからすでに十日ほど経過しています」
そこには案内人の少女が立っていた。肌の白さが白装束に混じり、あるのは黒い双眸だけのようだった。
アンナ、それが彼女の名であった。
「俺はあそこで一週間も過ごしたってことなのか」
彼女は答えない、いや反応がゆっくりなだけなのだろう。
「手続きに時間がかかったのです。あなたの願いが、分からなかったので勝手に決めさせていただきました」
彼女の言葉は淡々としていた。
「願いを勝手に決めたのか」
「ええ」
「ふざけるな!」
大声で叫んでも、彼女が動じることはなかった。
「願いがなければ、境界を出る許可はおりません」
許可、アンナの言葉に秋葉はキレていた。
理不尽だということは分かっている。だが、人の分からぬ願いを勝手に定められ実行しなければならないと思うと止められない。
「あなたが言っていることは、的を得ていません。言いたいことは分かりますが、少し落ち着いてください」
彼女の冷静さに秋葉は息を吐き出し、ゆっくりと心を落ち着かせる。
「あなたをこちら側につれて来るには色々な条件があるのです」
「条件?」
アンナは頷くこともなく話す。
「条件とは、あなたの願いを境界の主に伝えること。あなたの滞在期間が決められていること」
それを今さっき届けてきたところです、彼女はそう言って段ボールの上に紙をおいた。
規約書と書かれた紙を秋葉はめくった。
規約その一、人に害を与えてはならない。
その二、決められた期限以内に願いを叶えなければならない。
その三、その他細々な規約は案内人に時々に聞くこと。
「これで終わりなのか?」
「終わりです」
「こんなに短いのにか?」
はいと、彼女は答えた。
秋葉は、規約書を彼女に渡すと白装束の中へとしまった。
「俺の願いってなんなんだ」
アンナの視線は下に一度むいたが、すぐに彼の顔を視界へと入れた。
「殺した人間に復讐すること」
秋葉は言葉をなくした。
全くそのようなことは考えておらず、また叶えるにしても嫌だった。
「それは、確定しているのか?」
「いえ、これは一時的な回避策、とでもいうのでしょうか」
玄関の鍵が開かれた。二人が見ている中、引っ越し業者が入ってきたために、外に出ることにした。
外は未だ日に照らされている。だけど、それだけしか分からない。
冬だから寒いのだろうか、もしくは日が強くて少しは暖かいのだろうか、それさえも感じられない。
近くにある広場のベンチに座った。