第3章
ログアウトするとドッと疲れが押し寄せてきた。時計を見ると午前1時を回っている。時間を忘れ没頭していたようだ。
車イスの背もたれに体を預け、天井を見ながら大きく息を吐く。
「すっげぇおもしろいっ」
勢い良く上体を起こして目を輝かせる。ただの仮想空間だと思っていたが、風の匂いや鳥のさえずりすら聞こえそうなリアルな世界。左脚を失い忘れていたドキドキが熱を持って甦ってきた。
「古いゲームなのにまだサービスが続いてるのはちゃんとした理由があったんだな」
そこでお腹が不満の音を立てた。無理も無い、5時間もぶっ通しでゲームしていたのだから。
既に寝ているであろう両親を起こさないよう静かに廊下へ出る。キン、と冷たい空気が身を包む。そこは車イスでも通りやすいように幅の拡張と段差が解消されている。そぉっと台所へ忍び込み冷蔵庫を開けようとした瞬間、部屋の照明が点いた。
「結構熱中してたみたいだな。腹減ったろ」
声の主は父・雄星だった。仕事でもしていたのだろうか、まだ部屋着のままだった。
「と、父さん…」
龍星の車イスを強引にテーブルへつけ、電子レンジでマグカップに注いだ牛乳を温め始める。
「やっと出て来たのね、待ちくたびれたわ」
母・美琴もストールを羽織り寝室から出て来てファンヒーターの電源を入れる。龍星の理解が追い付かないままテーブルの上にはショートケーキとホットミルクが並んだ。
「クリスマスケーキ、まだ食べてないでしょ?」
こんな時間に食べて良いのか、なんて野暮な事は聞かない。昨日…いや、数時間前までこんなお祝いなんてする気になれなかっただろう自分の変化に戸惑いながらも龍星は両親と笑顔でテーブルを囲んだ。
温まる部屋の空気と一緒に何かが融解していくのを感じながら龍星はケーキに舌鼓を打った。
翌朝、朝食の場で龍星は規則正しい生活をするようにと美琴から釘を…20本ほど刺されゲームの世界へログインする事を許された。
「今日はレベル上げに専念しよう。装備も調えないと勝てそうに無かったな」
ネットで狩場をサーチしついでに装備が報酬のクエストも調べる。マンドレイクをソロで倒すにはLv20程必要らしい。
「20か…、思ったより骨が折れそうだな」
萎えかけた気力を振り絞りログインする。クエストをするにもまずレベルが高くなければならない。マップを開き目的の場所へ向かう。好戦的なモンスターに見つからないように気を付けて進む。
岩が多く見通しの効かないエリアを抜けると左右を岩肌に囲まれた涸れ谷に出る。ここならば前後にさえ気を付けていれば不意打ちを受けなくて済む。
「えっと、ミミズ…いた」
地面から生える様にミミズのモンスターが数匹目に付いた。うねうねと動く体の先端にはギザギザの歯が付いた口があり、それを囲む様に短い触手が生えている。正直あまり直視したくない容姿だ。
「さてと、カーソルを合わせて決定。攻撃を選んで接近!」
1つ1つ手順を確認しながら戦闘へ入る。後はオートで攻撃しているのを眺めるだけだ。低レベルだとアイテムを使う事も無ければ使えるスキルなんて当然無い。
2時間も繰り返せばレベルも上がり、戦闘行為にも慣れてきた。
「今のうちにクエストの再確認しておくか」
ロールプレイングゲームにとって1番の敵は気の弛みだ。パソコンのディスプレイからスマホに目を遣った直後、アクティブモンスターの攻撃を受けた。周囲への警戒を怠った結果だ。
ファンタジーではお約束のゴブリンが襲撃してきた。悪戯好きな妖精の設定は何処へやら、人間を襲うのが大好きな悪魔として扱われるのが常となったモンスターはユリウスを遠慮無く攻撃してくる。
「うぉ、ちょっとまてよ」
待つ訳が無い。
「ヤベヤベヤベ…あぁー」
多勢に無勢、ミミズとゴブリンから殴られ油断が招いた結果ユリウスは戦闘不能となり敢えなく基点へ戻る羽目となった。
「くっそー、油断した」
ボヤいても仕方ない。
「けどレベルも上がってるし街に戻る手間が省けたから良いか」
前向きでなにより。しかしそれに水を差すようにアラームが鳴る。熱中していて気付かなかったがもう昼前だ。
「クエストは午後だな」
伸びをして強張った体を解す。縮こまった筋肉が引っ張られ気持ち良い。左足を失って以来、ストレッチなんてしなくなっていた体に活力が戻る。
少しだけ車イスを押す力が上がった気がした。微妙な変化だが龍星にとって大きな意味となる。
リビングに行くと温められた部屋で美琴が待っていた。昼食は熱々おでんだ。南極条約違反では無い。ゆで玉子と大根が多いのは雄星の好みだからだ。それらを避けがんもどきを取る。たっぷり含んだダシが良い味を出している。
少しの間を置いて雄星もテーブルへ着いた。初手でゆで玉子3つと大根2つを自分の小皿へ取る。大根は芯まで火が通りホクホクになっている。
「父さん、あのゲーム思ったより面白いよ」
龍星に話し掛けられ雄星は少し驚いた。この半年、龍星からコミュニケーションを取る事が無かったからだ。
「20年も前だからグラフィックは粗いけどシステムやバランスは何度もバージョンアップされてるからな」
しかし息子から話し掛けられるのは嬉しく、いつもより饒舌になっていた。
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