第1章
走るのが好きだった。
幼い頃から周りよりも速く走れた。
号砲を合図に脚へ爪先へ力を伝え爆発させる。
全身を楔にして風を切り裂く。流星となって1番にゴールラインを駆け抜ける。
いつしかそれが当たり前となりこの上無い幸せだった。
そんな幸せは簡単に壊れる。
アクセルとブレーキの踏み間違い。
世間を賑わすこのニュースも、死人が出なければ数週間で埋もれてしまう。例えそれが少年の未来を奪ってもだ。
左脚の膝から下を失い少年・木野龍星は失意の日々を送っていた。中学3年生で陸上短距離走の全国大会に出場し、地元高校の推薦を受けて進学した矢先の事故だった。通学が難しい事もあり、学校側の配慮により授業はオンラインで受けている。
しかし心の傷は未だ癒えず、事故から半年が経ってもリハビリ以外での外出も儘ならない。
失意のまま過ごす日々で迎えたクリスマス、両親から意外な物をプレゼントされた。20年以上も昔に発売されたオンラインゲームとゲームパッドだ。引きこもりの息子へゲームのプレゼントなんて、龍星は両親の意図を量りかね困っていると父親は「気晴らしになるから」と強引に薦めてくる。
サービス開始から20年が経過しても大規模なバージョンアップが繰り返されエリアが拡大し続ける作品に気を惹かれた。
父親に貰ったお下がりのパソコンにディスクを挿入し、画面に表示される手順に沿ってインストールを進めていく。やがて君になr…もとい、やがてキャラクターメイクになると名前を入力する所で龍星は動きを止めた。
「リュウセイじゃそのまま過ぎるし本名は避けたいよな。だったらシューティングスターかコメット…。厨二っぽくて嫌だな」
暫く考え込み名前を「ユリウス」と決定した。種族はヒト族の男性。名前以外は自分に近い外見を選んだ。次は所属国に移った。
セントラル王国が統治する大陸の西部一帯を治めるモンテボッカ国、海産物が豊かで西の大陸との玄関口となっているコボルト族とケットシー族の国だ。
イルラスィヌ国は北西方面を治める。鉄鋼や銀の採掘が盛んなドワーフ族とオートマタ族の国。
北東部はプチーツァブラーチ国。セントラル王国で最高峰バリショーイゴラに抱かれる自然豊かな国だ。国民の殆んどがエルフ族とリリパット族から成り立っている。
ヒルマウンテン領は南東部を治めている。セントラル王国の中で最も温暖な気候を利用して桃や葡萄の栽培が盛んだ。
大陸の中央南部に位置し最も大きく人口も多い聖ヴァイトインゼルは湖に浮かぶ領主の城が目を引く。その湖には鯉が沢山棲んでいる事から鯉城と呼ばれて領民から親しまれている。この聖ヴァイトインゼルはストーリーの中心になっているのか所属国には選べなかった。
残り4国の中から龍星はヒト族が多いヒルマウンテンを選んだ。昨晩食べた白桃のケーキが影響したとかしないとか。
キャラクターメイクが終わりプロローグが始まる。一介の冒険者として旅立つ旨を説明され場面は冒険者ギルドへ移った。コボルト族の受付嬢からジョブシステムの説明を受けて、ギルドに併設された闘技場でイベントバトルをクリアするといよいよ冒険開始である。
気付かないうちに龍星は物語へ引き込まれ胸を高鳴らせながらコントローラーを握る手に力を込める。
今回も読んで下さってありがとうございます。コメントや評価を貰えるとモチベーションが向上する…かもしれないので気が向いたらお願いします。