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いつかまた音に乗せて届けるから  作者: 光瀬
彼とわたし
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5


 そういえば、とふと思い出す。

 確か去年の話。

 ほんの1か月程度やり取りをしたネットの友達がいた。

 毎日朝から晩までメールで他愛ない話をしてばかりだったけれど、飽きることないやり取りが楽しかった。

 突然連絡がつかなくなったのは何故だろうと、今でもわからない。

 今日は連絡がこないなと朝のメール着信がないことに違和感があったが、そんな日もあるだろうと何も思わなかった。

 けれどそれ以降その人からの連絡はなく、わたしからのメールに返事は来ず、しばらく経ってからはエラーで返ってくるようになった。

 何があったのかはわからないけれど、他人に執着をしないわたしが珍しくさみしいと思った。

 kkと呼んでいたあの人は、今元気なのだろうか。


 SNSが今ほど普及していない時代だったので、民度の低い人間は淘汰されていく時代。

 本名や住んでいる大体の場所程度を教えたところで何かの脅威があるという心配もないという今では考えられない時代だった。

 今でこそSNSで本名を明かすなんて危険極まりない行為だが、その頃は本名を知ったとしても悪用するという考え自体浮かばない。

 そんないい時代もあったなぁと思う分、今のネットの世界は窮屈だ。

 現実よりも顔が見えない分悪意を悪意と思わない怖い世界となったネット環境。

 悲しくなったもんだね、と他人事のように思う。


 説明はしにくいのだけれど、彼の空気はネットの人間は同じ感覚と似ていた。

 深く踏み込みすぎないようにしてくれて、それでいて離れずそばにいてくれる。

 彼の存在が空気のようだと感じたのは、そういう部分だったのかもしれない。

 同じ空間にいて無言だろうと苦痛ではなく、会話をしても他人を傷つけるようなことを絶対に言わない。

 教室にいる時よりもこの時間が好きだった。


 今もピアノを弾くでも会話をするでもなく、ただ隣に座っているだけなのにとても居心地がいい。

 この静かなふたりだけの場所がわたしにとっての幸せ。


 コーヒーを飲みながらのんびり窓の外を眺めていると、ゆっくり流れていた時間が赤くなっていく。

 もう長いこと無言でいたのだと気付く。

 夏に入り日が沈む時間が遅くなると、一緒にいられる時間が長く錯覚を起こす。

 彼が何を考えているのかはわからない。

 けれど先ほどのように悩んでいるような空気は出ていない。


「日が長くなったね」

 わたしが思っていたことが声に出ていたのかと思うように、彼が同じ言葉を発する。

「うん、夏だね」

 少しだけ音楽室内が涼しくなってきている。

 日に日に暑くなっていき、その一日がすぎるほどにわたしの高校生活が過ぎていく。

 当たり前に進んでいく時間を止めることはできず、彼との時間も一日一日短くなっていくんだと実感する。


 ああ、この時間がずっと続けばいいのに。

 叶うはずもない願いに似た気持ちを抱いた。

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