[3]ー【a】
誰もいないショッピングモール。
その中を、1人の少女が駆け抜けていた。彼女はその勢いを殺すことなく、そのままエスカレーターから上階へと昇っていく。
現在エレベーターは稼働していない。しかし、奈月は常人離れした跳躍力で止まったままのエスカレーターの階段を跳ぶように進んでいった。30秒程で1階から最上階の6階に辿り着く。
普通なら有り得ない芸当だが、アーツに適性のある彼女にはそれが可能であった。
跳躍の瞬間にイマジナリー・アーツで跳躍力をブーストさせ、一気に階段を昇っていく。言葉ではそれだけのように見えるが、その跳躍力に耐えうる体幹や、ブーストの加減調節の技量などはとても一朝一夕で実現できるものではなかった。
自分がアーツを使えることを楓は知らない。いずれは話すことになるだろうとは思っていたが、先程は説明をするだけの時間がなかった。
(楓、きっと怒ってるよね…。)
楓にそんな感情を抱かせてしまったことが忍びなかった。だが、自分がこの選択をしたことを後悔はしていない。悔いがあるとすれば、2年前の自分の無力さに、だ。
そんなことを考えながらエレベーターを昇り切った奈月は、辺りを警戒しながら仲間と連絡を取ろうとする。
先の非常ベルがなる直前、奈月は自らが所属する『クエント』のメンバーから連絡を受けていた。
『スクウェア6階で指名手配中の能力者を確認。応援を求む。』
奈月がメンバー全体に送られたこのメッセージを確認した直後、非常ベルが作動した。『スクウェア』というのは今自分がいるこの建物で間違いない。この場に居合わせてしまった以上、要請に応えない訳にはいかなかった。
だが、奈月にも守るべき優先順位がある。あの時、奈月にとって最優先するべきは楓の身の安全だった。
もう2度と、2年前のようなことにはなりたくない。その為にこれまで苦労して自分の力を磨いてきたのだ。
今の自分は無力では無いし、頼れる仲間もいる。自分たちでこの騒動を解決して、楓の元に戻る。エントランスで楓と別れた時に、奈月はそう決心していた。
何はともあれ、まずは状況の把握とこの先にいるであろう仲間との合流が先決だ。
幸いというべきか、簡易的な装備はバッグの中に携行していたので、エスカレーターを駆け上がる前に既に身につけていた。その中には耳につける小型無線機も含まれている。無線の通信可能範囲は約5km。この施設内ならどこにいても通信可能なはずだ。耳に手を当てながら、小型無線で仲間に呼びかける。
「天海です。スクウェアの6階に到着しました。合流できますか?」
辺りは静かだが、もしかしたらどこかで交戦しているかもしれない。返事が返ってくるか不安になりながらの問いかけだったが、応答は直ぐにきた。
『−−こちら拝橋。EブロックとFブロックの境界にいる。こっちまで来れそうか?』
奈月は周囲を見渡すと、Dという文字を見つけた。周囲に敵がいる気配もない。
「大丈夫です。すぐ向かいます。」
そう短く返事をして、合流地点の方へ足を進めた。