リナルド様の吐露
王子救出劇において、怒られることはひとつもなかった。
ただ、テアロミーナ様たちに相談しなかったことや、それに伴い扉を破壊するしかなかったことなどは、後々ちょっと怒られてしまったが。
特に退学になることも器物損壊による借金を背負うこともなく無罪放免。
本当にありがたいね。
「テアロミーナ様。確認してきましたが、ロモロ様の言われた通り、図書館の入り口の錠前と、図書館の壁が破壊されておりました」
「そう。お疲れ、ベルタ。錠前はいいとして、図書館の壁は特殊な隠し扉だったのよね。スパーダルドも知らなかった話だから、これも強引に処理してしまっていいわ」
「承知しました」
学校を調べてきたベルタ様とテアロミーナ様の話は続く。強引に処理するって何をするんだろう。
僕らの話が続く中、扉にノックの音が響く。
テアロミーナ様が入ることを促すと、扉が開いてひとりの侍女と、そしてリナルド様が立っていた。
テアロミーナ様が立ち上がり、部屋の中にいる全員が跪く。
お姉ちゃんまで自然に跪いてて、ここが学校外だと察して僕も慌ててそれに倣った。
「よい。楽にしてくれ。こちらは無様に救出された身だ。傅かれる理由もない」
「リナルド王子。ご無事に意識が戻って何よりです」
「ありがとう、テアロミーナ。其方に会うのは久しぶりだな」
「王族主催のパーティの時以来ですね」
少しだけ空気が弛緩し、テアロミーナ様が立ち上がると、僕らも一緒に立ち上がる。
「ここではなんですので、移動致しましょう。ベルタ。準備をお願い」
「畏まりました」
それから僕らは寮内にひとつだけある貴賓室へと移動した。
そこでリナルド様を上座に、僕らもテーブルに着く。
テーブルにはすでに紅茶が用意されていた。
「必要であれば茶菓子も用意致します」
「よい。こんな時間だ。色々と聞きたいこともあるだろう。手短に行こう」
「ありがとうございます」
そして、すぐにテアロミーナ様がリナルド様に向かって本題に入る。
「確認ですが、従者であるビアージョにやられたというのは本当ですか?」
「ああ、紛れもない事実だ。すべての傷をビアージョに付けられた。もし、ロモロと姉君が来なければどうなっていたか……。最初から殺す気があったかは不明だが……」
「裏切った理由に心当たりは?」
リナルド様は少々躊躇いを見せたが、一瞬だけ僕を見て、意を決したように口を開いた。
「私は第四王子と第三王子を亡き者にしようとしていた。厳密には王族を全員殺そうとしていた。理由は……お主なら言わなくてもわかるだろう」
「は……」
「そこでビアージョに力を貸すと言われ、必要なものを用意した。と言ってもこちらが用意したのは図書館の地下くらいだがな」
「そんな場所で何を?」
「具体的にはわからない。ただ、私は愚かにもビアージョの言う言葉を信じ、魔法陣を書くのを見守っていただけだ」
テアロミーナ様が、ベルタ様を向く。
ベルタ様は小さく頷いた。
「確かに図書館の地下には描きかけの魔法陣がありました」
「わかりました。内容は?」
「未完成でしたので、現時点では少々わかりかねます。今、解析をしておりますが」
「そのことで、あとでお話しがあります。一応、心当たりがあるので」
「そうなの? ありがとう、ロモロ。でも、今はリナルド様のお話しを続けましょうか」
リナルド様が頷き、話を続ける。
そこから先は僕がスターゲイザーで見たのと同じ話だ。
ビアージョが王まで殺すと言ってきて、すでに迷っていたリナルド様は今回の計画をここに来て破棄。
そして、ビアージョが裏切りに至った。
「……お話しはわかりました。しかし、それほど恨んでいた王族を殺すのを止めた理由はなんです?」
「ロモロに言われたのだ。殺すなどもったいない、と。上に立ってこき使う立場になった方が楽しい、と」
「まあ」
テアロミーナ様とリナルド様が僕を見る。
特にテアロミーナ様の表情がどうなってるのか、僕は怖くてまともに見られない。
「なるほど。ロモロ様はそんな話をしていたのですか」
「喩え話に答えただけなんですけど……」
ニコーラが少し悪戯っぽくそんなことを言ってくる。
胃が痛い。まさかエルフの集落で言った時の言葉が、そこまでリナルド様に刺さっていたとは。
「いや、あの時のお主の言葉は本当に身に沁みたのだ。少なくとも殺すなどと言うよりもよほど建設的だ。お主のおかげで思い留まることができた。感謝する。ロモロ」
「い、いえ……」
そう言うと、リナルド様はテアロミーナ様に向かって頭を下げる。
そして、至って真剣な表情で吐露した。
「だが、一度暗殺計画を起ち上げてしまった以上、止めたのだとしても私の罪は消えない。どうか詳らかに王へ報告をしてほしい」
そんなことを言われたテアロミーナ様は、
「申し訳ありませんが、私たちの手には余りますわね」
「テアロミーナ?」
「何もなかったのですから、よしとしませんこと? 幼い頃の過ちは誰だってあるでしょう」
「しかし――」
「こう言ってはなんですが、リナルド様はまだ年少です。思慮分別が未熟で、正邪の判断をするにはまだ幼い。あなた様はビアージョがいなければ、こんなことを実行しなかったでしょう?」
「それは……」
「ならば責任は教唆したビアージョにあります」
「………」
「納得できませんか?」
「正直、できない」
「では心を入れ替え、今回のことを教訓とし、自身の心を強く持って下さいまし。人を殺すなど短絡的な解決方法は何も生み出しません。あなた様の事情は知っておりますし、立場が強くないことも承知です。ですが王族として、誇りある人生を全うして下さい」
リナルド様は俯き、テアロミーナ様の言葉を噛みしめているようだった。
それにしても、テアロミーナ様はお姉ちゃんが歩んだ時間軸では、長男次男を殺してるんだよね。正直、こうしてテアロミーナ様と一緒に生活していると非常に疑わしい話ではあるけど、お姉ちゃんが嘘をつくこともないだろうし。
例えば物語では読者の興味を惹くために「私が殺した」という言葉が本来は「私が殺したようなものだ」に変換されていることがある。
お姉ちゃんはテアロミーナ様が長男次男を実際に殺した場面を見ていないと思うんだけど……。この辺り、今度また詳しく聞いておこう。
「私は本当に弱かった。流されるままに甘言を聞き入れ、乗ってしまった。本来ならば幼くても王族として許されることではない。だが、テアロミーナ」
「はい」
「今回は其方の温情に甘えよう。だが、もしまた私が王族として恥の上塗りをしたら、その時は容赦なく私を断頭台に送ってほしい」
「わかりました。その時はお覚悟下さい」
「ありがとう、テアロミーナ」
こうしてひとつの話は終わった。
「ベルタ。リナルド様をお送りして。ただし、ビアージョに仲間がいて、狙っている可能性もあるから道中も帰宅後も厳重注意すること。その旨を相手にも報告しておくように」
「わかりました。何人か私の部下を逗留させるように致します」
ベルタ様がリナルド様を元の館にお送りし、事情を説明するらしい。
そのままふたりは退室し、僕らが残る。
「ごめんなさいね。モニカ、ロモロ。あなたたちももう眠いでしょうけど、もう少し付き合ってちょうだい。まだ幾つか話があるから」
「大丈夫です。ちょっと興奮して今日は寝られそうもないので!」
「お姉ちゃんは元気だね……。僕も大丈夫です」
「そう。ありがとう」
貴賓室に座ったまま、僕らの話題は次へと移る。
まだまだ言っておかなければならない話は多い。
「それでロモロ。先ほど魔法陣について話があると言ってましたね? 聞かせてもらえるかしら」
「はい。リナルド様も知らなかったようですが、あの魔法陣は……」
ふと、疑問に思う。
マブルの言うことが確かなら、あれは獣をモンスターへと変異させるものだ。
だとするなら、どうして地下なんかに……いや、今はいい。まずはこの魔法陣についての説明だ。
「僕自身も確信はないのですが、あの魔法陣は獣をモンスターへ変異させる魔法陣です」
「……え?」
テアロミーナ様が呆けた声を出す。
ニコーラも妙な表情を作っていた。デジレもだ。
そして、お姉ちゃんもまた…………………………あれは何かを思い出した顔だった。
あとで話を聞くとして、ひとまず僕の方で話を進める。
「ロモロ。モンスターの存在理由や発生原因は未だにわかっていないのですよ? ですが、あなたはこれでモンスターが発生するというのですか?」
「はい。モンスターはマナの濃い場所に留まると変異して異形となり、生物の理から外れるそうです」
「……俄には信じられないわね。それにベルタは魔法陣を未完成だと言っていたわ」
「こちらに、僕らが辿り着いた魔法陣があります」
一枚の紙を取り出し、テーブルに置く。
これは僕らが魔法陣の解析をし、それをマブルが完成させてくれたものだ。
テアロミーナ様が手に取り、それをまじまじと見始める。
一通り見終わってからニコーラに手渡した。
「どう。ニコーラ」
「……少なくとも周囲のマナを広範囲に亘って集めて、それを内部の生物に集中させるという構成は理解できます」
「そうね。私も同じ。でも、モンスターに変異させるというのは、さすがに眉唾ね……」
この世界でモンスターという存在は未だに未知で何もわかっていない。
だからこそ、モンスターの生まれる一因という大発見を明かしても信用はされないだろう。
僕だって実際に見てないので確信があるわけではない。ただ、マブルを信用するしかないだけだ。
テアロミーナ様は僕が嘘を言っているのがわかるだけで、僕の勘違いしてることまでわかるわけではないだろうしね……。
「すいません。あたし、その魔法陣に心当たりがあります」
「モニカ? 本当に?」
「その……詳しいことを説明するのは難しいんですけど。マナを集めるとか生物に集中させるとかはわかりませんが、その魔法陣からモンスターが生まれたのは見ました」
「……困ったわね」
テアロミーナ様もさすがに困惑した表情をしている。
ある意味では世界の秘密の一端を明かされたようなものだ。
そういう反応になるのも当然だろう。
「ロモロ様。ひとつ伺います」
「う、うん。ニコーラ……」
「その変異とはどのレベルのものでしょうか。例えば小さな鼠が危険度の高いフェンリルに変異するというものなのですか?」
「いえ。基本的には小さな獣が変異できるモンスターは、危険度の低いものらしいですが……」
「ありがとうございます。テアロミーナ様、僭越ながら進言致します」
テアロミーナ様は頷き、ニコーラの発言を促す。
「明日、然るべき場所でこの魔法陣を試しましょう。事実ならば事はあまりにも重大です。世界を変えることになるやもしれませぬ」
「そうね。敵地で獣をモンスターに変異させて襲わせるなんてことも可能なわけだし。というか、事実だとしたらビアージョがやろうとしていたことはそれということよね」
「はい。ビアージョの背後関係も洗う必要は元々ありますが、この魔法陣の効能を知っていたならばもっと詳しく聞かねばなりません」
そして、テアロミーナ様は再度力強く頷いた。
「わかりました。明日……というか、もう今日ですが、厳重に準備をして魔法陣を試します。これがどのレベルになるかはわかりませんが、その結果次第でまた話を続けましょう」
こうして明日、モンスター変異の魔法陣が起動するという話は決まった。




